差し入れたい(哲ロマ)
この夏エアコンを1台寝室に新しく取り付けた。
扇風機だけで乗り切ろうと思っていたのだが無理だった。今年の暑さはもう暑いを通り越して、ヴァドゥい!とか、ガァッヅァギい!とか、アインシュテュルツェンデノイバウい!とか激しめのカタカナじゃなきゃ納得いかないぐらい暑かった。
そんなエアコンには取り付け工事がある。
業者の方がやって来る!やぁ!やぁ!やぁ!
「飲み物出した方がよいか」
「何が良いか」
「お茶か」
「コーヒーか」
「水か」
「どのタイミングで渡すか」
差し入れだ。暑いし差し入れだ。暑いのに冷房も効いていない部屋でエアコンを取り付けてくださる。エアコンを取り付けた後ならば冷房の効いた部屋になるのだがエアコンを取り付けた部屋には業者の方、用が無くなる訳で、エアコンを取り付けた後に、ちょっと、せっかくなので冷房の効いた部屋でチクタクバンバンかブタミントンをやりませんか?と誘っても相手は多忙だ、おそらくウチ以外に何件も取り付け工事をするのだろうから、そんな誘いは断って暑い部屋しか知らないまま帰ってしまわれる。ならばせめて、なにか冷たい飲み物を業者の方に差し入れたい。差し入れたい!差し入れたい強い気持ちがある!でも、だけど、いかんせん、僕達夫婦は、せーの!
差し入れ下手くそ夫婦です!
差し入れ下手くそ。妙に構えてしまう。自然な差し入れが出来ない。夫婦共々自然な差し入れが出来ない差し入れ下手くそ。差し入れ下手くそと書かれたトレーナーの水色とピンクをペアルックで着て生活している。腕まくりをして着ている。
そんな差し入れ下手くそにだって夢がある。理想の差し入れ、やってみたい差し入れがある。例えばこんな差し入れだ。こんな差し入れをやってみたい。
両親が他界し、妹と二人暮らし、妹の学費を稼ぐ為に自分の夢を捨てて自動車整備工場で働く高校時代の友人。その友人とは対照的にいつまで経っても定職につかず毎日フラフラとその日暮らしを続ける俺。そんな俺はある日、友人の働く工場にふらっと現れて缶コーヒーを差し入れる。
「よう」
「なんだよ、お前か、仕事はどうした、バーテンの」
「あー、なんかさ、めんどくさい客が居てさ、ぶん殴ったらクビんなった」
「ったく、いつまでそんなガキみたいな、、、」
と、ここで軍手を外して一服しようとする友人にポケットから取り出した缶コーヒーをポイっと投げ渡す。
これをやりたい。すごくやりたい。理想の差し入れ。夢の差し入れ。
簡単そうに思えるこの夢の差し入れも、差し入れ下手くそ夫婦の「だんな」である俺にしてみたらかなり難易度が高い。まず差し入れ下手くその特徴として、事前に考え過ぎる、という点がある。というか、差し入れ下手くその原因はその一点に尽きる。
出会いは殴り合いの喧嘩だった古くからの友人であっても差し入れにあれこれ試行錯誤が止まらなくなる。
あれ?アイツ缶コーヒー無糖派だっけか?いや逆にブラックは苦手言ってたかな?あ、そうだ禁煙しようかなとか言ってたしそもそも缶コーヒーダメかも、禁煙してたらダメかも、缶コーヒーで吸いたくなるとか言われてダメかも、ダメかも缶コーヒー、え、じゃあお茶?え、でもお茶あるしダメかも、あそこの工場お茶ばっかりあるしダメかも、ポットにお茶入って置いてあるしダメかも、いっつも行くとお茶もらうしダメかも、お茶持って行ってんのにお茶もらってお茶もらった後お茶差し入れてもダメかも、お茶ダメかも、え、食べ物?軽く食べれるやつ?重くないやつ?アイツなに好きだっけ、軽く食べれるやつ、昼過ぎてるし、食後だろうし軽く、みかん?みかんある、あそこの工場みかんいっつもある、いっつも行くとみかんもらうしダメかも、みかんもらってみかん差し入れてもダメかも、え、どうしよう、あ、思い出した、前に商店街の夏祭りで、ところてん!ところてん売ってんの見た時アイツすごいテンション上がってた!思い出した!ところてん好きだアイツ!あ、でも待って「ところてんって味っつーより作るの見るの好きなんだよなあ、やりたいわぁアレ」言ってた!ところてん突き出すやつだ!それだ!ところてんとところてん突き出すやつを差し入れだ!
差し入れ下手くそは試行錯誤の果てに自動車整備工場行く前にかっぱ橋の道具街寄ってところてん突き出すやつ買って行く事になる。
「よう」
「なんだ、お前か、仕事は、バーテンの」
「あー、なんかさ、めんどくさい客が居てさ、ぶん殴ったらクビんなった」
「ったく、いつまでそんなガキみたいな、、、」
と、ここで軍手を外して一服しようとする友人にポケットから取り出したところてんとところてん突き出すやつを投げ渡す。
キャッチし辛い。ところてんとところてん突く棒と四角いのと投げ渡し辛いわキャッチし辛いわでもう、がしゃがしゃだ。酷い。あとポケットからところてん突く棒と四角いのはみ出しててがさばってるからふらっと寄った感が全く無い。缶コーヒーならふらっと寄ってポケットから取り出してカッコいいカーブを描いて投げ渡しパシッと受け取って仲が悪そうな不機嫌そうな顔してんのに、サンキュ…って小さく言って受け取ってくれてカッコいい差し入れ達成なのに、ところてんカッコいいカーブが描けない。がしゃがしゃだ。酷い。あとお椀忘れてる。ところてん突いてもお椀が無い。直接いきますか口に。ところてん突いてダイレクトに。自動車整備工場で何をやってんのか。ダメです。失敗です。夢の差し入れ失敗です。
べつに缶コーヒーで良かったじゃない。べつに砂糖入ってんの飲まないなんてわざわざ言わないよね。相手の立場になって考えたら普通に受け取るよ缶コーヒーぐらい。大丈夫だよ。
でもダメ。差し入れ下手くそ野郎は傷付く事にとても臆病。万が一缶コーヒー拒否されたら三日三晩ずっと後悔してしまう。下手すりゃ三年ぐらい引きずる。急に思い出したりして、あー!!あの時ー!!缶コーヒー!!わーー缶コーヒー!!となる。もう無理でやんす。夢の差し入れ無理でやんす。行きません。自動車整備工場行きません。疎遠になります。妹と二人で頑張って生きてください。
そして、現実の差し入れ。エアコン取り付け業者の方への差し入れ。結局、冷たいペットボトルのお茶が無難だろうという事になり、準備をして、家で軽くシュミレーションを夫婦でして、いざ当日。差し入れ下手くそ「だんな」の俺は仕事で家に居なかった為、差し入れ下手くそ「よめ」が一人で挑んだ。暑い部屋で工事が始まりせめて風だけでも、と思い扇風機を向けたところ「あ、扇風機いいっす」言われて、お茶の差し入れ以前に風の差し入れを断られ「もう無理」とLINEが来た。風差し入れ失敗ダメージが残るまま、取り付け工事を終えて業者の方が去る寸前のタイミングで、あのあのあのこれ!!みたいな、すごくぎこちない不自然な渡し方ではあったがなんとか差し入れたらしい。
もっと自然に差し入れたい。
いつか理想の差し入れを成し遂げる。
差し入れ下手くそ夫婦は念のため予備で数本買っておいたペットボトルのお茶を握りしめ強く決意した。
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