あはれならざる時間(伊勢崎おかめ)

かの清少納言は『枕草子』にこう記した。

「秋は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり」

あっそ。じゃあ私は、あはれでないと思うものを挙げてみよう。逆に。

それは、日本の有名人のサインである。

あのぐしゃぐしゃっと書いて読めないようなアレ。欧米人がアルファベットの筆記体でするサインを真似ているのだろうか。非常にダサいと思う。日本人なら日本人らしく、読みやすい書体の日本語で書きなさいよと思ってしまうが、速くたくさん書けるよう、また、偽造防止のために、あえてあのような独特な文字の読みにくいサインにしているという説があるそうだ。

サインそのものもダサいのであるが、「どういうサインにしようかな」と本人が考えている時間が、ダサさに拍車をかけている。紙にペンで、ああでもない、こうでもない、とぐちゃぐちゃっとした字のサインを書いて考えている時間。本人は楽しいのであろうが、傍からみれば滑稽ではないか。

かくいう私も、子供の頃に、当時好きだったアイドルに憧れて、自分が、もしうっかり間違えてアイドルなんぞになってしまった場合のサインを考えて、紙にいろいろ書いてみたことがある。思い返すと非常にばかばかしいが、思春期のころ、「芸能人になったら」などと空想し、自分のサインを考えて書く練習をしてみたことがある方もいるのではなかろうか。人生におけるあはれならざる時間の過ごし方と言える。

余談ではあるが、後藤久美子のサインは、とても読みやすいものであると記憶している(お時間のある方はぜひググって調べてみて頂きたい。)

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もう20年以上前のことだろうか、

某博物館にて開催されていた、古代中国の絵画や仏像などの展覧会に行った。

出口近くに、ガラスのショーケースに横たえられた、長さ2m以上はあろうかという鎧があった。確か青銅製で、いかにも重そうで動かしにくそうで、「こんなの着てよく戦えるな」などと思いながら見ていたのだが、よく見ると、両乳首のあたりに直径3cmほどの穴が開いているのである。

この鎧を作製するにあたり、おそらく、当時の有識者らが集まり、「ねぇねぇ、どんな鎧作る~?」みたいな会議をしたと思うのだが、どういういきさつで、鎧の両乳首部分に穴を開けようということになったのだろうか、非常に気になった。なぜ兵士の乳首を守ってやろうとしなかったのだろうか。敵を笑わせて油断させようとしたのだろうか。真相は、現代人の我々には知る由もないが、いずれにせよ、鎧の両乳首部分に穴を開けるかどうかという会議に費やした時間は、あはれならざる時間以外の何ものでもない。

これも余談ではあるが、映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に出てくる人食い男爵の出で立ちは、この鎧にインスパイアされたのかもしれない。

(ご存じでない方は、ぜひ「人食い男爵」とググって調べていただきたい。)

こんなことを考えて文章にしている私のこの時間も、相当あはれならざるものである。


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