オワッタ・ワンダフル・ワールド(puzzzle)
水道民営化によりついに実現した蛇口からオレンジジュース。今ならはじめの1ヶ月は無料。それならウチはソーダ水だって提供しますよ。業界初、酒類の取り扱いはじめました。競争はさらに激化し、味噌汁は出てくる、雑炊は出てくる。
そこまで本当に必要なのか。いったんは誰しも首を傾げるが、一度手にしたサービスは二度と手放すことができない。新築住宅は各部屋に蛇口が欠かせない。
呑み会だってリモートが主流。
「クラフトビール込みで月額一万五千円はちょっと高かったかな」
壁から出ているそれは、蛇口と言うよりビールサーバーのコック。
「あんまり飲まないんで、私、最近スイーツはじめました」
彼女は蛇口からクリームブリュレをひねり出した。
「ついにラーメン契約しましたよ。締めにはこいつでしょう」
太めの蛇口からは替え玉が流れ出る。
「まだ食い物にはちょっと抵抗あるんだよねぇ」
紙じゃなきゃと言っていた輩もいつしかタブレットで読書をはじめる。蛇口はうどんくらい流れるワイド管が主流となり、各種蛇口と飲食配送サービスはすぐに生活必需品となった。
「水道民営化で新しい生活様式を実践していこうではありませんか」
ステイホームに慣れ親しんだ輩は、外出することが貧しさの象徴であるかのように思いはじめていた。時代が作り出す必需品に生活格差は広がる一方。豊かな蛇口を手に入れ、不自由のない暮らしを送れるのは一握りの資本家たち。モニターで世界を見渡し、蛇口をひねれば飯に困ることのない世界。生肉すら見たことのない子供たちは蛇口世代と呼ばれるようになった。
あまりに開きすぎた生活格差。多くの者が水道屋に労働を売る。不満はないが疑問が残る。
あの人たちはいったい何が楽しいのだろう。水道屋はタマネギを刻んでスープに投入する。あの人たちはいったい何が嬉しいのだろう。水道屋は大鍋をかき回して粉チーズを散らす。あの人たちは何処へ向かっているのだろう。そして、水道屋はレバーを引いて、ソフトクリームからオニオンスープへ切り替えた。
「仕事あがるか」
「飯でも食いに行くか」
「血の滴る肉でも食いたいね」
水道屋はユニホームを脱ぎ捨てて半裸になる。黒曜石を打った石槍を月光に当て、荒縄で木の柄に結びつけた。そして、垂直に八回跳ねると、裏声を共鳴させながら森の奥へと駆けていった。