夏のバリカン(puzzzle)
床屋も苦手だ。
「デキる大人のビジネスヘア」、「おしゃれ短髪ヘアカタログ」、「最新ヘア500」、「もて髪パーフェクト」、マガジンラックの前で指を踊らせる。
デキる大人ではない。自分の言葉で髪型の説明すらできないのだ。おしゃれしたい年頃ではない。旋毛は禿げてきた。500も提示されては困る。適当な写真があればよかった。もて髪は求めていない。こんな俺でも縁あって妻子持ちだ。
週明けは大雨になるそうだが、まだまだ寝苦しい夜が続いている。バッサリいくか。ついに決断、「おしゃれ短髪ヘアカタログ」を手に順番待ちの席についた。
別におしゃれなんぞ興味はないのだ。そんな空気を醸すべく、膝の上に臭い足を乗せて、すね毛の上でぞんざいにページを捲る。
やがて名前を呼ばれ鏡の前につく。俺は爽やかな笑みを浮かべる若者の顔を指先で弾いた。
「大体このくらいで」
髪の色を抜いた理髪師がその写真に顔を寄せる。
「ああ、おしゃれボウズみたいな感じですね」
途端、意識が遠退く。
気づいたら時を越えていた。見えない獣を追いかけながら、スマホより一回り大きなそれにスイッチを入れる。そして、暗雲低迷した街を刈り上げていった。
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