笑ってはいけない法律事務所(伊勢崎おかめ)

約15年、法律事務所で働いる私が、今までに見た一番変わったファッションの相談者についてお話ししたいと思う。

交通事故の被害者であるM氏。来所予定の時間になり、受付のインターホンが鳴ったので行ってみると、年齢は50歳前後だろうか、中肉中背でゴージャス松野似の男性が立っていた。詳しい理由は後述するが、そのファッションから一目で、「普通の会社員ではない」と思った。事前に聞いていたMという姓をその男性が名乗ったので、そのまま会議室に通した。

いったん会議室から執務室に戻り、「Mさんの職業は何かな」などと考えながら、用意したお茶をお盆に乗せて、再度、会議室に向かった。

ファッションチェックするなら、チャンスは今しかない。

「失礼いたします」と言いながらお茶を出しつつ、さりげなく背後までまわってじっくりとM氏のファッションチェックを開始した。事故で骨折したのだろうか、肋骨のあたりは包帯ぐるぐる巻きだったが、自分で包帯を巻いたのか、巻き方がたいそう雑だった。その上に、黒色の目の粗いメッシュTシャツを着用し、さらにその上にスカルはじめ謎絵柄が多数スパンコールでデコられたGジャンを羽織っていた。メッシュTの目が大変粗かったため、乳首どころか乳輪までもが網目から見えていた。これが笑わずにいられるだろうか?こんな人に真面目な顔でお茶を出さなといけないなんて、とんだ罰ゲームである。

お茶をテーブルに置き終え、会議室を出ようとしたところ、突然「あーいたたたたー」とM氏の痛いアピールが始まった。私に痛いアピールをした目的が不明であったが、私は軽く一礼をして、笑いをこらえながら執務室に引き上げ、「Mさんがいらっしゃいました」とだけ担当の弁護士に伝え、あとは任せた。

ビジネスシーンにおいては、話すときは相手のネクタイの結び目あたりを見るとよいとされているが、相手がネクタイをしておらず、胸元ざっくり包帯ぐるぐる巻の人の場合は、どこを見て話せばよいのだろうか。メッシュTの隙間から見える乳首を見ればいいのだろうか。右の乳首?左の乳首?それとも交互に?

これから先の人生、皆さんも、こんな服装の人と面と向かって話さなければならなないことがあるかもしれない。もし、受けた会社の面接官がそんな服装をしていたら?もし、結婚のあいさつに行った交際相手の実家のお父さんがそんな服装をしていたら?そんな時のためにも、そういう場合は相手のどこを見て話せばよいのか。どうしたら笑わないで話せるだろうか、というイメージトレーニングをしておくことも必要だな、そう痛感せずにはいられなかった。

それから約1時間ほど後だろうか。打ち合わせが終わり、執務室に戻ってきた弁護士は、開口一番「あれは反則やわ」と笑っていた。

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