ワキガの件、謝りたい(マークパン助)

道玄坂を泣きながら走り去るカレンのニオイ。すれ違いざまでもそれはハッキリと分かった。
18歳で上京したカレンはホストにハマり、なんやかんやと一千万近い借金を抱え、ヤミ金経由で風俗に流れてきた女だった。
未成年に何百万も掛けで飲ませてナンバーワンとか言ってるホストってのは、なんと悪どい奴らかと思ったが、おかげで働き盛りの人材はいくらでも確保できた。

彼女はまだ垢抜けた感じはなく、田舎臭い雰囲気が残っていたが、顔もスタイルもなかなかのモノであったので、磨けば光ると見込んで家の無い彼女にワンルームマンションを用意し、借金も立て替えた。

カレンが働いて数ヶ月が過ぎたある日、スタッフの間で新人キラーと呼ばれている常連客が来た。いつもは電話で「新人いる?」と確認してから新人ばかりを指名し続ける素人童貞の変態なのだが、この日は突然店に現れて「カレンちゃんいる?」ときた。
「どうしたんです? 新人もいますよ?」と聞いてみると、新人キラーの変態素人童貞は早口で何ひとつ聞き取れないスケベ論らしきを語り始め、最後の「臭いフェチってやつ?」というところだけが聞き取れた。問いかけられても答えようがない気持ち悪さだった。

ああ、やっぱり。

スタッフ全員なんとなく気づいてはいたが、誰も口には出さなかったデリケートな問題。カレンはワキガだった。

社交的で明るい性格のカレンは、空き時間があると待機する部屋からフロントに降りてきてよく雑談をした。ベビードール一枚と無防備な姿の彼女が動くと、半年放置した豚骨スープに練習帰りの柔道部を三人入れたような臭いがしていたが、たまたま、若いから、南国育ちは汗っかきなのかな、と気づかない振りをしていた。

うちの店はプレイに関して口頭で流れを説明するだけで講習というものは行っていなかったので、個室がどのような臭いで、何が行われていたのかはわからない。だが今思えば相当なものだったろう。一度、カレンの隣の部屋で待機していた女の子が「すっごいワキガの客来てなかった? 2階がガス室状態なんだけど」と文句を言ってきた事があったが、笑って誤魔化した。

確かに写真指名は断トツに取るものの、本指名はゼロに近い。この磨けば光るはずの原石をこのままにしていいのか。
スタッフ全員で悩んだ末、ジャンケンで負けた者がワキガ手術をするよう説得することになった。
「ワキガの手術して一緒に頑張ろうぜ」そんなこと言えるわけない。

幸い俺はジャンケンに強く、このときも勝ったのでホッとしてタバコに火をつけた。しばらく床を見ながらタバコを吸い、ワキガ手術を想像した。視線を上げると待合室のカーテン越しに網タイツを履いたオッサンの足が見えた。

またあいつか!

その客は毎度ストッキングなりタイツを家から履いて来ては、その足にオシッコをかけてもらい、そのままシャワーも浴びずに帰ったり、パンストに風船を入れて上からお尻で潰してくれとか、料金内で要求の多い客であった。
オプション料を払わないので以前より女の子からの相談も受けていて、一度注意しなければと思っていた。

「ちょっとお客さん。前にも言ったけど、パンストはオプションだからね。仕込んできてもいいけど、ちゃんと女の子にはオプション料払ってくださいね。うちは普通のヘルスだから、M性感じゃないよ」

そう注意するとオッサンは走って外に逃げてしまった。別に出禁にするつもりはなかったので、追いかけてこちらも謝ろうと109辺りまで道玄坂を下った。結局見つからなかった。
仕方なく店に戻ろうとすると、坂の上からカレンが走って来た。サンダル履きで、11月にしてはかなり薄着だった。泣いていた。
女の子があんなに泣いているのを初めて見た。思わず声を掛けたが、一瞬立ち止まったカレンに何を言えばいいのか分からず「元気でな」と言ってしまった。すれ違いざまの風の臭いは今でも忘れない。
それっきりカレンに会うことはなく、二十年が経った。
ワキガのままでいい。元気でいて欲しい。


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