わたしの館は8階です(哲ロマ)

キーを「精算」に回して「現計」のボタンを押すとカタン、と軽い音を立ててレジが開き、その日の売上が印字されたレシートがスススス、と出て来た。

閉店間際、最後の客が長引いてしまった。早く帰りたい。でもまあ、あの客が来てくれなかったら今日の売上は散々だったな。
レストラン街になっているこの8階だけはまだ営業中で、お寿司屋さんも、とんかつ屋さんも、ハンバーグのお店も牛タンのお店もオムライスのお店も、みんなピークは通り越してはいるけど寂しくならない程度のちょうど良い客入りだった。ビュッフェスタイルの和食レストランだけはこの時間には行っては行けないとわたしは知っている。おかずも品切れてるし、ご飯が硬くなってる。あと、店員さんの心がもう閉店へと向かっていて、それが動きにも表れている。そんな雰囲気の中わざわざ硬いご飯を食べるぐらいなら家でゆっくりテレビを見ながらチキンラーメンでも食べた方がマシ。チキンラーメン食べたいな。買って帰ろ。

売上報告の用紙にレシートを貼り売上を記入してクリアケースに入れる。レジの中のお釣り銭を専用の黒いバッグに入れる。売上は専用の緑のバッグに入れる。商品券を専用の赤いバッグに入れて水晶玉をDEAN & DELUCAのバッグに入れる。わたしは占い師。入れてばっかの占い師。

重たい。腕もげそう。全部のバッグを右腕にかけて左手にはクリアケースと入金カードを持って三階の入金室の列に並ぶ。色んなお店の店員さんが並ぶ。お互いに自分の店が今日は忙しかった、暇だった、変な客が来た、靴かわいいまつ毛かわいいなどと話している。わたしは話さない。話しかけないし、かけられない。このデパートに来て3年、4年か、4年経つけどこの入金室の列に並んでいるこの時間、わたしはただただ黙って並んでいる。腕もげそうになりながら。わたしは占い師。腕もげそうな占い師。

それでも過去に何度かわたしに話しかけて来た店員さんもまあ、居た事はいた。

「それって、水晶玉、ですか?持って帰るんですね」

明らかに後で笑い話にするつもりだろう半笑い顔で聞いて来た人。

「明日、ほんとに降るんですか?雪」

明らかに占い師と気象予報士をごっちゃにして聞いて来た人。

「通り魔、まだ逃走中みたいですよ」

それアレね。未解決事件をどうにかする超能力の人ね。わたし違うから。

「それ重くないですか?毎日持って帰るの」

重たいよ。腕もげそうだわ。仕方ないんだわ。一回置いといたら盗まれたんだわ。玉。


べべべべべべべべべべべべべべべ

売上の高い人気のお店の人は景気の良い音を立てて入金機に紙幣を飲ませていく。

べべべべべべべべべべべべべべべ

あんなセンスの悪い服しか置いてない店がどうしてそんなに売れるのか。不思議でしょうがない。不思議でしょうがない占い師。

べべべべべべべべべべべべべべべ

あーん、また入らないー!戻ってくるこれー

あの子だ。水晶玉のことを半笑いで聞いて来たあの子だ。入金機にリジェクトされた紙幣を取り出して喚いている。いいから早くやり直せよ。黙ってやれよ。こんなとこで可愛さアピールしても早く帰りたくて腕もげそうな占い師しか見てねーわ。

べべ

終わり。わたしの入金は悲しくなるぐらい早い。逃げるように去る。
入金室の中にはそれぞれの店の専用の金庫が並ぶ。店舗の貴重品をその小さい金庫に入れて保管する為の金庫だ。わたしの金庫も一応ある。【8階占い】と書いてある。その【8階占い】に右腕にかかっていた黒やら赤やら緑を突っ込んで鍵をかける。水晶玉は入らない。大きさが無理なんだ。これさえ入れば毎日重たいの持って帰らなくて済むのに。
前に一回盗まれた時は本当にびっくりした。開店準備をしようとしたら水晶玉が無い。焦った。占えない。困った。デパートの事務所の方に連絡して、警備員の方も来て、もちろん警察も呼ばれた。あれこれ聞かれたり、指紋も取られたりして大変だった。誰がどう見たって何があったか知らないがとにかく大変な状況だって分かるはず、そんな状況なのに普通に「今空いてますか?」と来たカップルの客がいた。バカかと思った。わたしは指紋を取られてる最中だったからデパートの営業課の方が対応してくれたけど、その対応もなんだよあれ「申し訳ございません今水晶玉のほうを切らしておりまして」ラーメン屋のスープじゃないんだから。そんな感じでみんな険しい顔してああだこうだやっていたけど、知ってるんだわたし、絶対そう、どうせ絶対みんな思ってたんだ、伝わったもんその雰囲気。だからそれ違うから、未解決事件どうにかする超能力の人だからそれは。百歩譲って占いで犯人見つけ出すにしてもねーんだわ水晶玉が。
その事件があってからわたしは水晶玉を持ち帰ることにした。金庫にも入らないし。めんどくさい。

急行で二駅、乗り換えて各駅停車で三つ目。最寄り駅に着くと思い出した。チキンラーメン食べたい。コンビニに寄ってカゴを取る。サラダを選ぶ。新発売のスイーツはとくに興味はない。わたしはエクレア1択なんだ。そしてチキンラーメン。ない。そんな気がしてたんだ何となく。食べたいな、思った時はなんか怪しいんだ。そしてやっぱりない。そんな気がしてたっていうのはべつに占い師関係ない。そんな気がしただけ。占ってない。カップの方はあるんだけど、わたしは袋のチキンラーメンが食べたいんだ。ポニョのやつ。もういっこのコンビニ寄ろうかな、いや、いいや。サッポロ一番でいいや。サッポロ一番の味噌と最後にお決まりのガリガリくんをカゴに入れた。わたしは妥協する占い師。

子どもの頃からそう。年中アイスを食べていた。大人になってもその癖は変わらない。棒のアイスは外で歩きながら食べたくなるんだ。サラダとエクレアとサッポロ一番達が入ったコンビニの袋からガリガリくんを取り出す。あーんまた入らないー戻ってくるこれー。薄暗い住宅街の道、うけ口にして入金室のあの子の真似を悪意を込めてやってみた。きもちわり。

白い息を吐きながらガリガリくんをかじる。
今日占った人達の顔を思い出す。
かじる。
明日は土曜日だしお客さん多いかな。
かじる。
金庫に入るサイズのやつじゃ小さ過ぎるかな。
かじる。
明後日の休みは洗濯して掃除して映画みよ。
あ、当たった。

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