拐っておいて勝手に愛を注ぐな(井沢)

「どこ行きたい?ニシオの行きたいところどこでも行こう」
それなら今すぐ一番近い駅で私を下ろしてくれ。そして私だけの日曜日を取り戻す。布団に入って一眠りしてやり直すのだ。用件は終わったし、私の行きたいところなどない。日はすでに西に傾き午後がゆっくり終わろうとしており、取り返すにももうほとんど無いのだが、それでも強い意志を以て日曜日を取り返す。

海が見たいと言ったのはリミだった。

同い年だったか一つ年上だったか忘れてしまったが、リミは男ばかりのチームの中紅一点ですごい大作を手掛け、夏期の短期の手伝いに行った私と仲良くなり、夏の間に徐々に会話も砕けていった。彼女は美しく、口が悪かった。
「あれに似てますね、中条あやみ。」
「ど美人じゃん」
「いや、だから美人じゃないすか」
「え」
まあ私も口は悪い。彼女は私に執着を持つようになった。私だって奔放な彼女が好きだったが、徐々に気に入った相手にプレゼントであったり行動であったり何かを「してあげる」ことが彼女のアイデンティティのような状態になっていった。フェアじゃないその関係を受け入れたくない私は何度も警告を出した。ねえ、そんなにいつも物を贈らなくていいよ。だが、その態度がリミに危機感を与え、ますます彼女は私の時間を埋めたがった。少なくとも私にはそう見えた。

「まだ15時だし時間あるじゃん」
「帰ってひとりで休みたい」
「遅くなるからこのまま送ってく」
「遅くならないよ。電車あるしこの辺で降ろして」
「送ってく」
「リミ」
「リミが乗っけてくからいいじゃん」
「今日は電車で帰りたいんだよ」
「だって家の周りは暗くて前に痴漢に遭ったって言ってたじゃん」
事前にこちらから得た情報を元に、徐々に外堀を埋めて交渉を進めていく。

数日前。火曜のことだ。
「ねえニシオこの前ドライブしたいって言ってたじゃん!?」
したいとは言ってない。昨年私の同級生で徹夜で海行ったのがとても良かったと話しただけだ。
「週末行かね?リミ車出すぜ」
「週末ー」
「今週は日曜バイトないって言ってたよね」
「…そうだけど」
「こないだ加賀がニシオと話してみたいって言ってたんだけど、3人で遊ばない?」
「加賀さんが?」
「そう。話してみたかったんだって」
「そう」
嘘だった。
いざ当日加賀さんに会っても彼女はキョトンとしており、私がいることに戸惑ってさえいるようだった。それでもかかっている曲の話やメイクの話や共通の友人のとんでもない話で車内での会話は弾み、海まで思ったより早く着いた。そして早春の海は思っていたより風が強くて寒かった。砂浜で靴を脱いで遊ぶようなこともなく、直射日光と紫外線を気にしながら「風つよ!」「さっむ!」と無条件にステップを踏み少しだけ散歩をした。
「加賀はニシオと話してみたかったんだよね」
リミが切り出した。
「私ですか?」
ほらみたことか。やめてくれ。リミが私といたいだけで、一対一では私に断られるから加賀さんをスケープゴートに使ったのだ。
「ほら、こないだの展示会の時のさ」
「あれ良かったです」
笑って頷く。ごめんな。あいつが私といたかっただけなのに貴女を付き合わせてごめんな。
車に戻り、お昼を食べ、午後から仕事のある加賀さんを駅で下ろし、二人になった車は再び発車した。

「うん。でも電車で帰るから。次JRあるから下ろして」
可能なら誰かを傷付けたりしたくないけど、何かに決着をつけるには自ら嫌われに行き加害者になる覚悟がいる。
ウインカーが点滅する。
とにかく一刻も早く布団に帰り、日曜をやり直す。駅に降りたらまず靴の中の小石を出す。

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