MONGONOGNOM(モンゴノグノム)

実は僕、ケンタウロスとミノタウロスのハーフなんです。

上半身が人間で、下半身が人間。

そう、そうなんです。見た目はただの人間のよう。しかしながら、お腹の下のところに、ほら、うっすら線が入ってますでせう?これが、ケンタウロスとミノタウロスのハーフの証。安心の証。人間の上半身と、人間の下半身の、いわば繋ぎ目が、これなの。チャーミングでせう?

おい貴様。次この証のこと、パンツのゴム跡、って言ったら、この斧で首落とすからね。普段は温和で、いい人を絵に描いたやうな僕ですけどね、後期印象派風に描いたやうな僕ですけどね、そんなこと言われちやあ、ただぢやあおかないですよ。他人を傷つけたすべての亡者を煮込んでいる血の川の獄卒ですからね僕の先祖は。仮にもミノタウロスのハーフだもの。

そう、斧ね、斧。この斧、実はヘルメース神から賜った、由緒正しき斧なんです。

ーーある木こりが泉のそばで木を切っていると、木こりの『こり』ってなんだろう、という疑問に取り憑かれて集中力が散漫となり、うっかり手を滑らせて斧を泉に落としてしまいました。ググってみると「伐(こ)る」の転用名詞であることがわかりました。

疑問が解消されてすっかり晴れがましい気分になっているところに、突如として、ヘルメース神が泉からざばざばと姿を表しました。全身びしょ濡れで、なんだかとても見苦しい感じです。

「あなたが落としたのは、この金の斧ですか」

「いいえ、違います。全然僕の趣味じゃないですね」

「では、この銀の斧ですか」

「全然違います。そんなに泉って、斧落ちてるものなんですか。斧落ちがちなんですね」

「では、この鉄の斧ですか」

「それですね」

ヘルメースはきこりの正直さに感心して、三本の斧全てを、木こりに授けました。

しかし、金銀の価値のわからない愚鈍な木こりは、どちらの斧も重くて使い勝手が悪かったので、よくばりな木こりにせがまれて、金の斧と銀の斧を授けてしまいました。

よくばりな木こりはプラスで斧をゲットするため、愚鈍な木こりからその泉の場所を聞き出しました。

泉にたどり着いたよくばりな木こりは、持参したノーマルな斧をわざと泉に投げ落としました。すると、ヘルメース神が、ざばざばと全身びしょ濡れ状態で泉から姿を表してきました。髪の毛には、ザリガニが絡まっています。

「あなたが落としたのは、この金の斧ですか」「それですね」

「嘘だね」

「本当です」

「嘘だね」

「嘘かもしれません」

「あなた嘘つきなので、あなたの斧も没収です」

「それは人徳に悖るでせう」

「なぜ?」

「あなた神様なんだから、これくらいの罪、赦してくれたってよくないですか?というか、あなたが誘惑してわざと嘘つかせた形じゃないですか?もともと僕のものだったノーマルな斧くらい返してくれたってよくないですか?あなたもしかして、僕の斧ほしいだけなんじゃないですか?」

「汝、むかつく。冒瀆する莫れ。汝には、この錆だらけのなまくらな斧がお似合いです」

ヘルメース神はよくばりな木こりに、錆だらけのなまくらな斧を授けました。授ける手の爪には、砂や小石がたくさんつまっていました。するとよくばりな木こりは、

「あなたは今、禍いの種を撒いたのだ。この斧はどの人民も見境無く滅ぼす雷電だ。人類に禍をもたらす不吉星となろう」

と叫び、錆だらけのなまくらな斧でヘルメース神の頭蓋を叩き割りました。叩き割られる刹那、ヘルメース神は、あの夏の白いビーチでかち割ったスイカさんは、こんな気持ちだったのかしらん、と甘酸っぱい青春の1ページを回顧した後に、鬼籍に入られました。こうして、ヘルメース神の髪の毛にザリガニが絡まることはなくなったのですーー。

そう、このよくばりな木こり、僕なんです。まあ、半分くらい話盛ってますけどね。

あっ、長々とごめんなさいね。じゃああの、玄関先で立ち話もナンなので、上がりますか?というかむしろ、上がらせていただいてもよろしゅうございますか?っていう。

えっ、なんですか?えっ、ダメ?どしたん?僕で良ければ話聞くよ?悩まないでよ、ひとりでさあ。別に僕そんな全然怪しい者じゃないじゃないですかあ?ある種、妖しさはありますけれどもね。妖艶さというか、ハーフイケメンだけにね。

まあでもわかりました、いいですよ、いいですよぢやあ。仕方ないですね。軒先でね、この小粋なアパートメントの軒先でね。お話コンティニューしましょしましょ。突然お邪魔したのは僕ですからね。お茶とかもお気遣いなく、ほんとに結構ですから。

あっ、ポップコーン食べます?えっ、いらないですか?じゃあ僕だけいただきますね。でもまあ、こんな思慮深きハーフイケメンの僕ですけどね、長男じゃないですかあ?弟いるじゃないですかあ?あっ、弟いるんですけどお。弟はね、上半身が牛で、下半身が馬なんですよ。

びっくりしました?想像してごらん、僕たちの下に地獄なんてないし、上には空があるだけ。僕の弟は、上半身が牛で、下半身が馬なわけ。うける。草、ってやつ。人間部分だけ僕が全部持ってっちゃって、獣部分は全部マミーの子宮に置いてっちゃったんです。つかミノタウロスって、牛なのは首から上だけぢやね?っていう。その点、弟はかけっこがはやくてケンカが強くて、人当たりが良くて明るくて、小さい頃からいつもみんなの人気者。

そんな誇るべきはずの弟に、僕はずっとコンプレックスを抱き続けていました。だって、なんで牛と馬の化け物より僕の方が劣ってるみたいな扱いをみんなしてくるんですか?弟の方見て「あなたがお兄ちゃん?」って、をいババア!控えめに言ってもペットだろうがこいつあ!と、心では思いつつ、ババアとペットをおもんぱかって、

「ぐふふん、僕がお兄ちゃんですよ。そう見えないかもしれませんがね。ちなみに、僕が"僕"を一人称にしているのは、僕が下僕だからなのですよ。ぐふふん」

等とおどけてみせるわけです。いつもそんな感じ。ドーランの下に涙の喜劇人。しかしながら、この煩悶の斑紋があったからこそ、か弱きみなさまにも均しく優しく接することができるようになったと思へば、思慮の深きを得ることとなったと思へば、ひとえに神徳の加護だって、そんな風に最近では考えられるようになりました。弟のことは高校時代に血の川で煮込みました。

『たった今入ったニュースです』

ん?なんですか?

『きょう正午、川崎市内の映画館で』

あれ、うわあ。後ろ、テレビ、見てください!

『上半身裸の男が突然、上映中の劇場内に侵入』

えっ、うわあ。なんか、やばい、大変なことになってますよ。

『「人はパンのみにて生くるものにあらず。煩悩の犬は追えども去らず。惨禍の讃歌、不吉星の雷電を召し上がれ」等と意味不明の言葉を叫びながら、手に持った斧で観客に襲い掛かりました。現在108名が死亡、約300名が重軽傷。売店から強奪したポップコーンバケツを抱えながら逃走した犯人は、失礼しました、ゆっくりと歩みながらその場を立ち去った犯人は、そのまま市の南西部へ向かっていきました。警察官数名が懸命に犯人を追跡していましたが、犯人が携帯していた弓矢で全員が射抜かれ死亡したため、行方がわからなくなりました。神奈川県警は史上最大の特別緊急配備をもって捜索にあたっていますが、未だ犯人の行方は掴めておりません』

うわあ、大変。怖いわあ。やだやだ、物騒な世の中ねえ。放縦と邪悪と狂おしい獣性を湛えた事件ねえ。悪業の猛火にこの川崎が灼かれているのねえ。枯れた骨の谷に降ろされたエゼキエルの気分ねえ。でもね、鬼千匹の世の中には仏千体もおはすのだと、生きて在ることの尊さを噛み締める良い機会なのかもしれません。そして、そして、彼らの屍を越えた先で、安楽の果実を噛み締めることができるのですね。さあ、一緒に手を取りあってハレルヤを歌いませう!万物の支配者を讃えませう!

あっ、ごめんなさいすみません失礼しました申し訳ありません。不謹慎ですよね、沢山の人民が鬼籍に入られたといふのに。とりあえず、中でお茶でも飲みませうか。われらが心を慰むるために。サアサ、上がりましょ上がりましょ。そして、そして、中でお茶でも啜りましょ。ね。

しかしながら、先刻からサイレンがけたたましく鳴り響いていて、姦しいですね。この辺りで何かあったんでせうかね?ほんとに物騒ね。時に、パトカーのサイレンって、二種類あるのはご存知?あの、九番目の圏谷のその向こうから響く、永劫の責め苦に遭う亡者どもの慟哭のやうな「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」ってやつ。

あれ、うねりの1周期が4秒のものと8秒のものがあって、より緊急性の高い時には周期が短い方を使用するらしいんです。メモって。今の、メモってね。そして、そして、先刻から聞こえてくるサイレンは、うーん、なんだか2秒くらいな感じしません?とってもやばそうな雰囲気を醸し出して、醸し出して、醸し出した末に果てしなくフルーティーで凛とした清酒がここに完成しそうなくらい、醸し出してますよね。ヘルメース神の断末魔みたいな。

しかも、どんどんこちらに近づいてきてる感じする。でも、こんな時こそ。リラックス、リラックス。ね。居間でお茶でも啜りましょ。お茶を啜りながら、ウィ・ウィル・ロック・ユーのリズムを刻みましょ。どんどんちゃっ、どんどんちゃっ。どんどんちゃっ、どんどんちゃっ。さあ、門よ、こうべをあげよ!とこしえの戸よ、あがれ!どんどんちゃっ、どんどんちゃっ。不思議!弁護者!強大な神!永遠の父!平和の君!

えっ?いや、その、えっと。ごめんなさい。はしゃぎすぎちやつたかしらん。あの、要はですね、あ、上がらせていただいても、よろしゅうございますか?っていう。えっ?上がらせていただいてもよろしゅうございませんか!えっ、ございますよね?えっ、なんですか?どしたん?僕で良ければ話聞くよ?

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

どうも、モンゴノグノムと申します。

タイトルをエポニムにしたのは、20代最後の年となり、昔はミノタウロスのやうだった腹筋に、すっかりパンツのゴム跡がくっきりと浮かび上がるようになってきたところで、なにか自叙伝的なサムシングでも書いてみようかしらんと思って綴ったショートショートだからです。半分くらい話盛ってますけどね。第一、僕、次男ですしね。ぐふふん。

え?なんですか?なんでそんな眼球でこの文章をお読になってるんですか?どしたん?

脳味噌の皺と皺を合わせて幸せになりませうよ。お茶を啜りなさい。

そして、そして、生きて在ることの尊さを噛み締めて歯茎から血を流しませうよ。お茶を啜りなさい。

人はパンのみにて生くるものにあらず。

煩悩の犬は追えども去らず。

惨禍の讃歌、不吉星の雷電を召し上がれ。

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