親知らずを抜いた話(伊勢崎おかめ)
私には3本の親知らずがあった。左の上下と右上の計3本である。右下の親知らずは、生まれつき存在していなかった。左の上下は近所の歯科で抜くことができた。問題は右上だった。レントゲンを撮ったところ、右上の親知らずは水平に生えており、しかも、隣の歯にかなり食い込んでいるため、食い込まれた方の歯に時々痛みをもたらしていたのだった。
近所の歯科ではどうしようもできなかったので、市立病院の口腔外科で診てもらったところ、「抜くなら3日入院。これを抜いたら隣の歯もぐらついて、そのうち抜けてしまうかもしれない。痛くなければ様子見でいいかな」と言われた。3日も入院したくなかったし、隣の歯も抜けてしまっては困るので、ひとまず様子を見ていたが、痛みの間隔が短くなってきたため、なんとか入院せずに抜いてもらえないか、と、藁にもすがる思いで、仕事を休んで某歯科大学附属病院で診てもらった。
さすがは歯科大病院。入院せずとも、外来で抜けるとのことだった。ただ、今、右上の親知らずを抜くと穴が開くので、口と鼻腔がつながってしまい、そうなると口をふくらませたり、麺類をすすったり、うがいができない状態になってしまう、と言われた。一応、穴を閉じる手術もするが、うまくいかない人もいるとか。病院としては説明責任があるのだろうが、抜歯後のリスクなどいろいろ聞いていると恐ろしいことばかりで、抜く気が失せてきた。しかし、やはり右上の親知らずをそのままにしておいた方が問題が多いようなので、抜いてもらうことにした。
説明を聞いてからずっと、「どれほどの痛みが、どれほど続くのだろう、どれだけ出血するのだろう」などと不安でいっぱいのまま迎えた抜糸当日。局部に麻酔をし、効いてきた頃に担当医がやって来た。麻酔は効いていたものの、歯を抜くときの「メリメリ、バキッ」「ゴリゴリ」といった音が頭蓋に響いて、それが非常に恐ろしく、何時間も経過したようであったが、実際は、つながってしまった口と鼻腔を閉じる手術も含め、1時間ちょっとの拷問だった。終わった後、抜歯器具が置いてあるトレイを見てみると、血まみれのペンチやハンマーのようなものが置いてあり、改めてぞっとした。
結構出血してしまい、口の周りが血まみれになってはいたが、そんなに腫れてもおらず、麻酔がまだきれていないためか痛みもほとんどない。しかし、「あまりしゃべったりすると鼻血が出るので、しばらくはおとなしくしておいてください」と医師に言われた。そして、抜いてもらった親知らずを見せてもらったら、まわりに骨や肉がくっついていた。記念にもらって帰りたかったが、きっと、歯科大学生の勉強材料とでもなるのだろうか、もらえなかった。
骨にくっついてる健康な歯を抜くんだから、痛くて当たり前だ。麻酔が切れた後は、猛烈に痛かった。麻酔も痛み止めもなかった時代の人は、このような痛みにどうやって耐えていたのだろう…飲もうとしたロキソニンを前歯で咥えたまま、ふと昔に思いをはせた私の頭に浮かんだのは『はじめ人間ギャートルズ』の登場人物たちだった。
ちなみに担当の医師は、たとえて言うならカミキリムシのような顔をした、すこし気持ちの悪い男性歯科医師であったが、とても優しかった。松田聖子が二度も歯科医師と結婚した気持ちがわかった気がした。
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