書き出し自選・正夢の3人目の5作品(正夢の3人目)
お世話になっております。
正夢の3人目と申します。
書き出し自薦は今まで何度か頼まれたのですが、その都度こちらの都合で書けない状態が続いておりました。
文芸ヌーの編集の方、推薦頂いた方、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
自分は一応シナリオライターを名乗っており、書き物のお仕事をしています。ですが、ある時期から「ものを書くのが苦痛だ」と感じるようになってしまいました。
仕事として書かなければならないのにお話に向き合えない、面白い面白くないは関係なく、ただただ「書くのが嫌」だ。体ごとパソコンから逃げるような日々を送り、結果休職することになりました。
何故そんなことになったかは自分でもわかりません。解決もしてはいません。「ちゃんとした文章を書く」事がしんどくなってしまったんだろうなとは思っています。
ですがそんな中でも「書き出し小説」だけは書く事ができました。とても有難かったです。
文章がひとつあれば、それだけで成立する。
それは普通ならあり得ないことです。でも書き出し小説だけはそれが許される。自分が書けなくなってしまった「ちゃんとした文章」の部分を、それぞれ勝手に考えて、補完して、遊んでくれる皆さんがいる。
イメージの文章化や文字列の遊びなど美味しいとこだけこっちで楽しんで「後は皆さんにあげまーす」と放り投げちゃっても構わない。それは自分にとってとても助かることでした。
現状の自分も回復したとは言い難い状況なもので「ちゃんとした文章」を書けるかどうかわかりませんが、ご恩返しも含めてなるべく「ちゃんとした」自薦集を書ければなと思っています。
お付き合い頂ければ幸いです。
『かつては少女とロボットだった、老婆と置物。』
(第116回)
今まで出した書き出し小説の中で一番好きなやつです。
自分の好みとして、やっぱり「物語」を感じるものが好きです。
「物語」とは「時間の流れ」であり、それに伴う変化とドラマです。
「ここからどんな色々があるのか」という時間の始まりと、「どんな色々があってここに帰着したのか」という時間の終着点。その2点を、間の物語をごそっと抜いて成立させることができたのがコレなのかなぁと思っています。
少女とロボットが、老婆と置物に。
その間に流れた時間でどんな「物語」があったのかは皆さんに勝手に想像して貰って構わなくて、それのどれもが正解なわけで。
まるで「物語の容れ物」の様な文章。
そんなものが成立する事があるんだなぁと、後から自分で考えて「へー」と思ったりしました。
蛇足ですが、かつては少年もいて、今は写真立てになってんのかなぁとか自分は思っています。
『ゴリラから「ゴリラらしさ」を抜くと、消える。』
(第96回)
「物語」も好きですが「笑い」も好きです。
色んな笑いが好きですが、書き出し小説で特に好きなのは「無意味なもの」です。
意味が無ければ無いほどいい。真っ白でバカバカしくなるくらいピュアな無意味。その文章がうまれる前と後で世界がなんにも変わらない。
そんな文章をわざわざ書いてこの世に現出させてしまったことが、何よりバカでくだらない。そういう言葉が大好物です。
自分の書いたものの中だとコレかなぁと。
ゴリラから「ゴリラらしさ」を抜くと、消えるんです。
実際そうなんでしょうか? どうなんでしょうか? わかりません。
「ですよね」なのか「んなこたない」なのか。ただひとつだけ言えることは「どうだっていい」ってことです。
でも自分はこの文章を書いたんです。
書き出し小説の投稿フォームを開いて、そこにカーソルを合わせて、キーボードをカタカタと叩き、送信ボタンを押して、送ったんです。
限りある時間を、つまり自分の寿命を、命の残りを使って。
バカだなーと思います。
「意味のないものを書く」ってのはなかなか難しいものです。
意識してやろうとしても意味は勝手についてくる。でも書き出し小説ではたまに本当に無意味な一文に出会えます。
そんな一文を読めた時は、そりゃあもう、幸せです。
『コートの男が浜辺で死んだ。名前は少女がもらっていった。』
(第106回 規定「殺し屋」)
さて何かお話っぽいものを考えてみようと思った時に、繰り返し当てはめてしまう「自分の好きなモチーフ」というものが皆さんにもあると思うのですが、自分の場合は「月夜の浜辺」です。
なんで「月夜の浜辺」が好きなのか、改めて考えてみました。
まずは色合い。影である黒と月明りである白。わざわざ文章で補完する必要もなく、「月夜の浜辺」と書けばそこにはモノクロの世界が広がる。これは便利だしとてもキレイです。
次に音。「夜の浜辺」ですから普通に考えれば人はいないです。誰も聞いている人はいないのに、一定の波音だけは聞こえている。それは「時間」そのものにも思える音です。「月夜の浜辺」と書くだけでそれが思い浮かびます。
そして「普通に考えれば誰もいない」ということはそこに誰かがいた場合、それだけでもう何かが起きている(もしくは起ころうとしている)とわかる。前後など知らなくてもただそこに人がいるだけで「物語」を感じることができるわけです。
最後に時間の進行。「夜の浜辺」ということは、次に来るのは朝です。朝になれば活気が戻り、人が出始め、時間が動き始めます。その前の「時間の落とし穴」のような空間。それが「夜の浜辺」に思えるのです。
上記の作品で死んでいるコートの男は、きっと朝になって犬の散歩中のおじさんか何かに見つかるんだと思うんです。そして騒ぎが起きて時間が動き出す。
でもその前、実際に何かが起きた時の「夜にいた少女」は「時間の落とし穴」の中にだけいて、夜と一緒に消えてしまったかのようにも感じます。
きっと、浜辺の男の死体の近くには、少女の足跡があって。
一定の音を立てて、波が寄せては返し寄せては返しを繰り返し、足跡は消え死体だけが残る。
そして朝日が昇り、モノクロの世界が終わった時に、ようやく時間が動き出す。
その感じが「物語だなぁ」と思って好きなんです。
ここまで書いておいてアレですが、この作品では「夜の浜辺」とは書いていません。「浜辺」だけです。
でも、どう考えても夜でしょう? ねえ。
『宇宙は、最後に、もぞる』
(第189回)
書き出し小説のいい所のひとつに、「書き逃げ」が出来るということがあります。
例えば普通の小説で伏線を張ったなら回収しなくちゃいけません、素敵な男女が出会ったなら色々あった末に恋に落ちなきゃいけません、「なんだかわからないもの」が出てきたならその「なんだかわからないものが何か」を説明しなくちゃいけません。
ですが、書き出し小説ならしなくてもいいんです。
何故なら書き出しだけだからです。
そういう意味で盛大な「書き逃げ」をかませたのがコレかなぁと思っています。
「もぞる」って何? と聞かれたら、「知りません」と答えます。
あなたが思う「もぞる」でたぶん正解です。
宇宙は最後にそうなるんです。きっとそうです。たぶんそうです。
「書き手として無責任だ!」と言われたら「だって書き出し小説だもん」と答えます。
ですがそれが書き出し小説の良さなんだと思っています。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」
その一文に惹かれて勝手に想像したその先の物語が、その人にとっては川端康成の書いた小説より面白いかもしれない。
実際に書かれてしまえばそれが事実になってしまう。世界が確定してしまう物悲しさ。
もちろん川端康成の『雪国』は面白いんでしょう。
でも田中太郎さんの『雪国』だって読んでみたいじゃないですか。
それを可能にする遊びが「書き出し小説」。なんて贅沢なんでしょうか。
皆さんも色んな宇宙がもぞっているところを想像してみてください。
ソレ、正解です。
『バカが気球を買った』
(第72回)
やはり「書き出し小説」なので、自分が一番好きなものは「その後に広がる物語」を想像できるものです。
短文で完結していて面白い文章もいいですが、自分は「終わっていない」ものの方が圧倒的に好きです。
実際「終わっていない」のに「面白い」は難しいんですが、そういう意味でうまくいったのはコレかなぁと。
「物語」は「予感」から始まります。
それは情景だったり情報だったり色々ありますが、「今とは違う何かが始まる」と感じさせてくれる。
喜劇でも悲劇でもサスペンスでもホラーでも四畳半のちまちました話でも別宇宙を巻き込む壮大な話でも。
その「始まりの予感」を体現しているのが「書き出し」なんだと思います。
バカが気球を買った。
それだけで終わると思いますか?
絶対に何かはしでかすはず。この後に何かは起こるはず。だってバカだし、更に気球なんぞ買ったんですから。
その「始まりのその先」を考えるだけでワクワクできる。
これが「書き出し」の良さだなぁと改めて思います。
余談ですが、この『バカが気球を買った』という作品は書き出し小説の書籍が出た際に行われたイベントで観客賞を頂いたものです。
自分はそれまで投稿などしたことがなかったし、元々人との関わりが薄く、中学高校大学と友達がひとりもいなかったほどの人見知りです。
ですが勇気を出してこのイベントに行った時「ああ、『バカが気球を買った』の人ですか!」と皆に知られていて驚いたのを覚えています。
自分が何をしていて何歳でそもそも本名すら知らないだろうに、文章だけが、しかも小説なんかとは程遠い、文字数にしたらたった9文字の文章が知られていて、それだけで笑って話しかけられて、「なんだこれは」と思ったものです。
面白い世界に出会えました。
『書き出し小説』に投稿してみたいと考えている方、もしいたらしてみた方がいいですよ。
大丈夫です。
あなたの考えた書き出しのその先は、皆さんが勝手に考えてくれるので。
こんなに楽なことはありません。
あなたの「何かが始まる予感」だけ書いて送ってみたらいいんじゃないかなぁと思います。
こんな感じで、以上になります。
ちゃんとした自薦集を書けたでしょうか。
あんまり自信はないですが。
それでは引き続きよろしくお願いいたします。
正夢の3人目