栗きんとんと教え(葱山紫蘇子)
スーパーで買い物をしていたら、1人の老婆が私を見て手招きした。
「さつまいも、さつまいも」
真空パックの栗の甘露煮が並んでる前で、その一つを手に取って私にしきりに話しかけてくる。
栗を手にしてるのに、さつまいもさつまいもと言ってるのを見て、ちょっとこのおばあさん認知の何かで独り言を言ってるのかなと思い、何とはなしに目をそらそうとしたのだが「奥さん、奥さん!」と、やっぱり私に話しかけてくる。
自慢じゃ無いのだけど、私は見ず知らずの人に道を尋ねられたり話しかけられたりすることがとても多いので、またかしゃあないな、と暫しお相手をすることにした。
「どないしたん?」ただし、タメ口にした。
「混ぜたらええねん」
「何を?」
「さつまいもをな、ふかすやろ。」
「ふんふん」
「そんでな、潰すやろ。」
「ふん」
「甘い汁をな、まぜんねん」
「ふん。(甘い汁?なんの?)」
「これ(栗の甘露煮)のな、甘いからな、この汁混ぜて上に乗せたらええねん」
「?」
「栗きんとんな、さっき奥さんアレ見とったやろ、たっかいのん」
と、おばあさんは私の後ろの棚を指差した。そこには、私がさっき手にしてた360g898円の惣菜の栗きんとんがあった。
「あれあんだけでたっかいやろ。アホらし。それやったらな、これ買ってな、さつまいもすってな、きんとん作ってな、上にこれ乗っけたらええねん。この汁甘いから。」
おばあさんは独り言を言ってたのでは無く、私に安くておいしい栗きんとんの作り方を教えてくれていたのだった。
「あーーー!私に教えて下さってたんですか!」
「あれ、たっかいやろ。上にこれ乗っけたらええねん。この汁甘いから。」
「はあーーー、なるほど、確かに!」
「たっかいやろ。上にこれ乗っけたらええねん。」
見ず知らずの私に親切に教えてくれたおばあさんを、最初は訝しんでしまった自分が恥ずかしくなった。
「そうですね!いやー、わざわざ、ありがとうございます!」私は笑顔で軽く頭を下げた。
「あんなん、ちょっとで買うのんアホらし。」
「そうですね!ありがとうございました!」
「混ぜて乗っけんねん」
もう一度お礼を言って、私はレジに並び会計を済ませ店を後にした。
思いがけず、おばあさんの親切に触れることができて、年の瀬の忙しさで硬くなっていた心が、少し柔らかくなった。
栗の甘露煮は買わなかった。