ぼくの禁止用語その2(もんぜん)
モザイク。Wikipediaで調べると「写真や動画で表示したくないものをぼかす映像加工技術」と書いてあった。テレビやネットでよく見かける、細かい四角に分割されてぼんやりと色がわかるぐらいの状態になるあれだ。
先週からわたしの視界の一部にモザイクが入るようになった。
基準はよくわからなかった。たとえば世界史の高橋先生は目だけにモザイクが入っているし、親友の葵ちゃんは手がモザイクになっている。
「と、と、と、戸田さん、お、お、おはよう」
クラスメートの山崎くんにいたっては全身モザイクだ。声でかろうじて山崎くんだとわかるけど、不気味で仕方がない。
わたし、どうなっちゃうんだろう。どこかおかしくなっちゃったのかな。世界がわたしにいじわるをしているような気がした。
部活にも顔を出さずにまっすぐ家に帰るようになった。
学校から自宅までは田んぼの畦道を通って帰る。田んぼは四季に合わせて見た目も匂いも変わった。だから田んぼが好きだった。もし田んぼにもモザイクが入るようなら悲しい。
向こうからフルフェイスのヘルメットをかぶった男がやってきた。男はわたしの前で立ち止まってこう言った。
「今からお前を誘拐する」
とっさに逃げようとしたが腕を掴まれた。わたしは腕を全力で上下に振ったが、男の力が強くて振りほどくことができない。
「戸田さん!」
全身モザイクの男が助けに来てくれた。山崎くんだ。
山崎くんは男に飛びかかる。何やら揉み合っているが、山崎くんがモザイクなのでどうなっているのかよくわからない。
男が懐から何かを取り出した。モザイクがかかっている。山崎くんが両手を上にあげる。
「動いたら撃つからな。じっとしているんだぞ」
男はそう言った。え? 拳銃なの? ここ日本だよね? え? 拳銃なの?
わたしと山崎くんは両手をロープで縛られて、無人の倉庫に連れていかれた。山崎くんは相変わらず全身モザイクだ。だんだんと全裸の人に見えてきた。
男はわたしの顔を見つめて、こう言った。
「あとで父親に『お金を用意して』って電話をしろ。おにぎりの恨み、はらしてやるぞ」
どうやらお父さんに恨みを持っている人みたいだった。おにぎりの恨みってなんだろう。色々と質問してみたが、男は取り合ってくれない。
やがて男はどこかに行ってしまった。山崎くんがわたしに話しかけてくる。
「絶対に助けるから」
モザイクなのに? 思わず少し笑ってしまった。山崎くんっていい人なのに不器用で空回りしちゃうところがある。でもそこが可愛らしい。
……その瞬間、気がついた。もしかすると、わたしが見たくないと思うものにモザイクがかかっているのかもしれない。
わたしは世界史の高橋先生の目つきが前から苦手だった。葵ちゃんの手はすごく綺麗で、見るたびに自分の手の汚さが嫌になった。山崎くんは……ずっと見ていたいし、ずっと見ていたくない人だった。
つづく
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