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隣の席のストーリー
飛行機に乗ると、何かしら心に残る出来事がないだろうか?たとえそれが特別なことじゃなくても、旅の始まりや終わりは非日常を感じさせてくれる。
あれは2年前。
アメリカへの長距離フライトで隣に座ったのは、世界中を旅しているというフランス人男性だった。
顔は彫刻のような彫りの深さで上品だけど、どこか野生味も感じて、いかにも旅慣れた雰囲気の人だった。
搭乗後しばらくして、彼が窓の外を眺めながらふと「どこへ行くの?」と話しかけてきた。
「ロスへ。あなたは?」と聞き返すと、彼は「世界中どこへでも」とウインクしながら答えた。
詳しく聞くと、彼はバックパッカーとして世界中を飛び回っていて、今回も日本を観光してからそのままアメリカに行くと言う。
彼の話を聞いているうちに、僕はすっかり引き込まれてしまった。
メキシコでギャングと知らずにテキーラを飲み交わした話、インドネシアの離島で原住民の家に泊まらせてもらった話、タイでさそりの丸焼きを食べた話...
彼はただ旅をしているわけではなく、その場所で1番心動かされる体験をしているようだった。
彼にとっての旅行は、ただ観光地を巡ることではなく、その土地の文化を感じ、人々と深く関わることなのだと思う。
「バックパッカーを始めたきっかけは?」と聞くと、彼は少し考えたあと、「身近な人の死をきっかけに、人生は永遠には続かないことを知った。どうせいつか死ぬんだから、仕事ばかりに時間を割く人生に嫌気が差して、思い切って旅に出ることにした」と彼は笑った。
その笑顔の奥には、どこか寂しさが滲んでいるようにも思えた。
彼の言葉には、不思議な説得力があった。
ふと、もし自分だったらどうしただろうと考える。
きっと、彼のように思い切って行動に出る勇気はなかったかもしれない。
フライトが終わり、彼に「この旅の次の目的地は?」と聞くと「まだ決めてないけど、コロンビアかな」と答えた。
僕たちはそれぞれの道へと進む。彼はまたどこか別の国へと向かい、僕は数週間のアメリカ旅行を終え、日本での生活に戻る。
あの数時間の会話は、僕の心の奥底にある何かを熱く燃え上がらさせた。そしていつか、僕も彼のように自由に心赴くままに旅してみたいと思った。
飛行機の中での出会いは、長い長い人生のほんの一瞬だ。だけど、その一瞬が、人生の新たな1ページを開くことだってあるのかもしれない。