菊野克紀選手の型を見せていただいた話
「見なさい。菊野さんの頭と体の中心を繋ぐラインは、どんな時も地球の中心までまっすぐ続いている。あんな立ち方をしているファイターは、この中で菊野さんだけだ。素晴らしい」
2016年10月21日。国立代々木体育館で開催された『巌流島 全アジア武術選手権大会』のアリーナで、キャッスル・ティンタジェルのジェイ・ノイズ師匠に言われたこの言葉は、今も強烈に記憶に残っています。
その日、菊野克紀(きくの かつのり)選手は、1回戦でテコンドーのハ・ウンピョ選手に1R2分13秒で一本勝ち、2回戦でハンド・トゥ・ハンドのイゴール・ペルミン選手に3-0で判定勝ち、決勝戦では柔道の小見川道大選手に2R35秒で一本勝ち(以上、オフィシャルサイトより抜粋)と、鮮やかに優勝されました。
その後もMMAのケヴィン・ソウザ選手、カポエイラのマーカス・レロ・アウレリオ選手など、名だたる強敵に次々と勝ち続け、今なお挑戦を続けている――。
そんな菊野選手のトレーニング、それもプライベートな練習を見学させていただけると聞いて、物書き兼ひよっこファイターの血が騒がないはずがありません。
というわけで、向かったのは世田谷区は等々力のコアズトレーニングジム。
閑静な住宅街にある、落ち着いた佇まいのきれいなジムです。
代表の為谷彰(ためや あきら)トレーナーはじめ、気さくで明るいスタッフの方々とご挨拶を交わしている間に菊野選手は着替えを済ませ、いざ、トレーニングスタート!
この日、菊野選手の練習を担当された高橋光政(たかはし みつまさ)トレーナーは、プロボクシングのA級ライセンスをもっていらっしゃるそうです。
その高橋トレーナーを相手に、死角から投げられた大小のボールをはじく、近距離から落としたり、投げられたりする複数のボールのうち、決まったボールだけを取る・よける・はじくといった、楽しそうだけど反射神経がめちゃくちゃ試されそうなトレーニングが続きます。
格闘家のトレーニングというと、自重やウエイトを使った筋トレや走り込み、サンドバッグやミット、スパーリングなどを漠然と想像していたのですが、この日の練習は全然違いました。
後で菊野選手に訊いてみたところ、
「今日は脳をいじめるトレーニングなので」
とのこと。ホワイトボードにびっしり書かれたメニューを2周したところでちょうど1時間が経過。
「この後は、ちょっと型をやって終わりです」
という菊野選手について別室に移動すると、そこは壁一面がミラーになった練習室。
「鏡は見たくないんで、こっち向いてやりますね」
心なしか照れ臭そうに言ってから、菊野選手の型が始まりました。
そのときです。冒頭の師匠の言葉を思い出したのは。
動くとき、止まるとき。どんなときも体の中心がぶれない。
私の位置からは、鏡に映る菊野選手の背中が見えるのですが、その背中が常にすっと伸びていて、余分な力がまったく入っていない。それでいて力強く、片足で立った瞬間でさえ、大地に根を張った樹木か岩のような揺るがなさを感じます。
動くはずのないものが動いている。
――というのが、私の正直な感想でした。
動く岩。うーん、流れる岩? どっしりと安定しているものが、安定したまま動く不思議。
息をするのも忘れて見入っているうちに型は終わり、そのときになって、
しまった、動画を撮っておけばよかった!!!
と気がつきましたが後の祭り。まあ、あれほどのものを至近距離で自分の目に焼きつけられたのだからよしとしましょう。
そんなこんなであっという間の一時間あまりでした。
貴重な場にお招きくださいました菊野選手、見学を快諾してくださいました為谷トレーナー、どうもありがとうございました!
(2018.01.13 見学後、菊野選手と記念写真)