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父が死んだ日からの悲喜こもごも ⑨/最後まで気が抜けないのだ

1、大きな忘れ物

初七日法要を終えると、親族はホッとしてしばし休憩。女性陣で仕出し屋の料理や冷蔵庫のビールを並べ、精進落としの準備をした。

片隅で母が「最後ぐらいあんたが挨拶しなさいよ」と、兄に挨拶を促している。人づきあいの少ないお兄ちゃんは明らかに困惑していたが、お礼ぐらいは言えるだろう。

畳の間で全員が料理を囲んだところで、ビールを注ぎ合った。

兄が挨拶をする直前、母がボソボソと彼の横でレクチャーする。「本日はありがとうございました……。皆様のお蔭で無事に葬儀を終える事ができました……。ささやかではございますが……」

完全にささやき女将(懐かしい)。ささやくだけかと思ったら、兄の挨拶がいざ始まると今度は「もっとシャンッと話しなさい!」「背中が曲がっとるじゃないか!!」と怒りはじめた。

お兄ちゃんは、うるさい母を無視して飄々と挨拶。献杯の後はみんな肩の荷が下りたのかワチャワチャ喋りはじめ、どんどんビールが減っていく。お酌、お酌である。


かなりにぎやかになってきた頃、葬儀社の女性が末席へやって来て、「あのぅ~、あのぅ~」と気まずそうに言う。

一体どうしたのか? 

「何か?」と尋ねると、耳を疑うようなことばを発した。


「ご僧侶が別室でお待ちですが……」

!!!!!

精進落としの準備が整うまで待機してもらっていたご僧侶に、声を掛け忘れたのだ。

すでに15分は経過していた。

さすがの母も怒り疲れたのか、「まあ!もう!!」と言った後は何も言わなかった。そしてご僧侶にひたすら謝り続けた。ドンチャン騒ぎ寸前の様子を、どんな気分で聞いていたのだろう。本当に申し訳ない。優しいお人柄なので何もおっしゃらなかったが、きっと「今出ていくべきなのか、でも誰も呼んでくれないし、どうすれば……」と困惑していたに違いない。

葬儀社の人が気づかずにいたら、おそらく精進落としを終えても気づかなかった。いや待てよ。そもそも、ご僧侶を別部屋に案内したのは誰なのだ? 母か? もしや葬儀社の人? 真相は藪の中である。

2、雨と涙

盛り上がりはずいぶん続いた。どれほど経っただろう。声をかけにくかったのか、葬儀社の女性がまたもや気まずそうに末席にやって来た。

「そろそろ私たち帰りたいんですが……」
(このストレートな言い方もすごい)

どうやら時間がオーバーしていたらしい。居酒屋の飲み放題プランみたいだな。

急ぎ最後に母が締めの挨拶をして、精進落としはお開きとなった。

運転要員の親族と私とで酒を飲んだ人たちを送り、夕方わが家に帰って来た。猫がまっしぐらにお出迎えしてくれ、喪服にスリスリ。毛だらけだ。不思議なもので、わが家の猫は兄にやたらとスリスリする。いつもは姉や母のベッドにもぐりこむのに、彼が帰省するとその傍らで寝る。この人に何かシンパシーでも感じるのだろうか。

***

あんなに晴れていたのに、家に着いてから雨がポツポツと降り出した。ちょうど電話してきた馴染みのスーパーの人が、「あら、雨が降り出した。葬式が終わって帰ってくるまで、降らんようにしてくれたんやろう。あんたとこのお父さんらしいわなあ」と言った。

静かな座敷に、雨音だけが響いた。

お骨と遺影の前で、姉がひとりで座っているのが見えた。話しかけようと近づくとすすり泣く声が聞こえたので、そのまま静かに身をひるがえした。

雨音を聞きながら思いに耽っていたら、おにぎりと味噌汁が食べたくなってきた。さっき仕出しを食べたというのに。ホッとしたらお腹が空く。


3、弔辞問題には続きがあった

晩ごはんに仕出しの残りと、おにぎりに味噌汁を食べて、じわじわ気力が戻ってきた。猫たちの「くれ!くれ!」攻撃も凄まじかった。まったく、彼女らに葬儀もへったくれもない。まあ、それが君たちだよね、わかってるよ。


食後に家族で団欒していると、同じ地区のAさんがやって来た。最初に弔辞をお願いして断られたあのAさんだ。

「本当にすまんことした」
第一声である。

「ワシが断らんかったら、あんなことにはならんかったのに」と涙声で謝るAさん。“あんなこと”とは例の弔辞だ。

「このままでは〇〇ちゃん(父)に申し訳ないし、ワシの気も済まん。悔やんでも悔やみきれんのよ」とうな垂れ、続けてこう言った。

「やり直しさせてくれんやろか? 弔辞を」

はい!?

「ワシなりに言いたかったこと、書いてきたんよ。○○ちゃん(父)の前で、読ませてくれんやろか?」

家族全員驚いたけれど、ありがたかったし、Aさんの気持ちがそれでおさまるならと読み上げてもらうことにした。弔辞は、簡潔ながらも長年父が地道に活動していたことや誇りにしていたことを称えつつ、思い出話を語る内容だった。

宿題出し忘れたみたいに何度も何度も謝るAさん。そしてこちらは、何度も何度もお礼を言う。

さすがにこのことは誰にも話せない(ここで書いたけど)。田舎でそんな話が出れば、すぐに実際弔辞をしたCさんの耳に入って気分を害すること間違いなしだし、半日も経てば町じゅうの人が知ることになる。そして後世まで語り継がれることに。そもそもCさんは悪くないのだ。


弔辞を書きつづった手紙を置いて、Aさんは帰っていった。


家族だけが座敷に残った。
「この手紙、どうすればいいんじゃろかね?」と母がポツリ。

確かに。出棺前なら父に持たせてあげられたが、すでに骨になってしまった。

相談した結果、骨壺と一緒に納めることにした。これが正しいのかよく分からない。紙だから形はいずれなくなるかもしれないけれど、このやり直しの弔辞文は、今もひっそりこっそりと、わが家の墓で父と共に眠っている。



***

大変おこがましいけれど、登場人物は父(橋爪功さん)、母(白石加代子さん)、姉(小泉今日子さん)、叔母(高畑淳子さん)、親戚の夫婦(北村有起哉さん、坂井真紀さん)、叔父(不破万作さん)、兄(大泉洋さん)、私(水野美紀さん)、 僧侶(田山涼成さん)、追加キャスト・Aさん(石倉三郎さん)の超豪華メンバーで変換&お送りしております。ドラマ脳で、ほんとすみません!

以上をもちまして、「父が死んだ日からの悲喜こもごも」はクランクアップです。

色々ありすぎた父の葬儀までを整理するきっかけになりました。最後までドラマ脳にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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ぶんぶんどー
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