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ざつぼくりん 20「ダンゴムシの避難訓練Ⅴ」
「なんで死んだんだっけ?」
「もうおじいちゃんだったから、老衰。……ずいぶん長生きしたからこれは大往生だってみんなに言われた」
「みんなって?」
「家族。おばあちゃんやとうさんやかあさんや……理子ねえさんに……」
そういうと華子はつらそうな顔つきなる。
「ふーん、あの理子がねえー」
理子は華子の九歳上の姉だ。やり投げの国体出場選手で、大学もその推薦で入った。勝つための努力は厭わない生真面目さがあるが、気が強く、その言動はいささか繊細さに欠ける。九つも歳が離れていることも含めて、その妹であることはそう恵まれたこととも思えない。
そのあたりになにかしら暗がりがあるような気がしてくるが、こんがらがった思いは落ち着いてゆっくりほぐしていくしかないんだよ、と時生に言われている。
「ほほー、華子さんは、べっぴんさんのうえに、りこうなんですか?」
カンさんが戻ってきて、とんちんかんなことを言う。華子がクスっと笑う。
「ああ、華子さんは笑っていたほうがいいですねー。べっぴんさんなんだから」
そういうとカンさんは華子の眉間をすーと撫でる。ほら、カンさんの魔法がはじまった。華子がこまったように絹子のほうを見るが絹子は知らん顔をする。
「あ、お茶ごちそうさま。はい、これ。ね、カンさん、わたし疲れちゃったから、ここでちょっと休んでもいい? 華子もいい?」
それをきいて華子はまたとほうにくれたような顔をする。ずいぶん華子の表情が豊かになっている。それだけでも「雑木林」につれてきてよかった、と絹子は思う。
「どうぞどうぞ。ふたごさんのためにもそのほうがいいです。お眠りになったら、なにか掛けておきますから、ご安心を」
絹子は寝椅子に横になり、目を閉じる。眠りたいわけではない。ここはカンさんに華子を預けてすこしほぐしてもらおうと決めていた。
「さて、雨がやんだみたいです。ほら、雲があんなに早く流れていきますよ、華子さん」
「あ、ほんとう。みるみる形が変わっていくのね」
「おやおや、絹子さんはおやすみになったようですね。わたしたちも腰を下ろしましょう。さて、華子さん、なにして遊びましょうか。なにがしたいですか?」
ふたりは縁側で庭にむかって並んですわっているらしい。
「なにがって・・・」
華子が困っている。
「じゃ、なんか、おはなししましょうか……うーん、時生さんと絹子さんはあたしのたいせつで、しかも愉快なお友達なのですが、華子さんにもそういうお友達いますか?」
「おともだちはいるけど……」
緊張しているのか華子の言葉が重い。カンさんはお茶を勧めながら訊く。
「その、絹子さんみたいに愉快なお友達ですよ」
「絹子さんみたいに?……ふふ、そういえば絹子さんはおもしろいもんね」
よけいなことを、と絹子は思う。
「そうだ、えつこちゃんて子がいるの」
「えつこちゃんは愉快ですか?」
「うーん、本人はすごくまじめなんだけど……ちょっと変わってるの」
「そう、愉快なひとはだいだい変わってますよね」
「あのね、えつこちゃんはね、魔女になりたいって思ってるの」
「へー。それはめずらしいひとですねえ。それでえつこちゃんは修業とかするんですか?」
「うん、いつもほうきに乗ってるんだけど、なかなか飛べないの。うちへ遊びに来るときもほうきにまたがって歩いてくるからよけいに時間かかるの」
「そうですか、でも、夢のあるひとなんですね」
「でも、えつこちゃんてこまったとこがひとつあるの……あのね、えつこちゃんはダンゴムシがすごく好きで、箱のなかにいっぱい集めてるの。それでね、ダンゴムシサーカス団を作るのも夢なんですって」
「魔女になって、ダンゴムシサーカス団の団長ですかあ! おどろきだなあ」
「しかも、えつこちゃんのおとうさんは器用なひとで、ひとりっこのえつこちゃんのことすごくかわいがってるから、ダンゴムシレース用のレーンも作っちゃったの」
「ダンゴムシレース! それはおもしろそうだ」
ふたりの声がだんだん打ち解けて楽しげに響いてくる。まるっきり違う背景で生きてきたふたりのこころがすーっとより添っていくようだ。
「このまえ、えつこちゃんが真剣な顔して、相談があるのって言ったのね。なに? って聞いたら、ダンゴムシレースでダンゴムシが走ってくれないんですって」
「はは、それはこまりましたねえ」
「競馬とかだったらムチを打つらしいから、えつこちゃんダンゴムシのことちょいちょいって激励してみたんですって……そしたら、ダンゴムシみんな丸まっちゃったんだって。おかしいでしょう?」
「ええ。それで、華子さんはその相談になんて答えたんですか?」
「激励なんかしないでしらんぷりして好きなようにさせてれば、そのうち走るんじゃないの、って言ったの」
「それは名解答だ。それでレースはうまくいくことでしょう」
「でもお礼にそのレースを見せてあげたいから、遊びに来てって言うの。こまっちゃう」
「華子さんはダンゴムシ好きじゃないんですか?」
「うーん、動物は好きなんだけど、ダンゴムシは足のところがいっぱいあってなんだか気持ち悪いし……、わたし、なんでも、うじゃうじゃっていうのが怖いの」
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