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ざつぼくりん 17「ダンゴムシの避難訓練Ⅱ」
「そうだよね。時生さんて、ラクダみたいだから、わたしも好きよ」
なにげない声で華子が告げる。
「ふふ、そーう? でも何でラクダなの? まあ目の感じが似てなくもないかなあ」
「うーん、どういえばいいのかわかんないけど、かわいくないけど、砂漠で砂嵐がきてもなんか時生さんがいると安心できるような気がする」
「ふふ、じゃ時生さんに、華子がそう言ってたって、言っとくわ」
「やだー、言わないでー」
「言っとくー」
「もう、絹子さんの意地悪」
唇をとがらせて文句をいう顔は普段のこどもっぽい顔だ。おかっぱにした髪が揺れる。
「あっ!」
「どうしたの。おなか痛いの?」
「ふふ、……ふたごが動いてるの」
それを聞いて華子があわてて絹子のそばにきておなかに手を当てる。答えるようにふたごが動く。手足の動きの振動が伝わってくる。
「あ、ほんとだ。すごーい。元気ね」
「うん、あのね、このこたち、こっちのこと、なんでもわかってるのよ。華子のこともよ」
華子は困ったような顔をする。自分の身を御しかねている今の華子のことをわかっているといわれて、とまどっているのかもしれない。おずおずと華子が聞く。
「ね、おなかに耳あててもいい?」
「もちろん」
腰掛けた絹子の前に立って華子がおそるおそる耳を寄せる。四つのいのちが繋がる。
華子は一瞬大きく目を見開き、しばらくして静かに目をつぶる。なにかしらを深く聞き入っている。だんだん表情がおだやかになっていくのがわかる。
だれのとも分からない鼓動がメトロノームのように時を刻む。四人がふんわりとあたたかなものにつつまれているような気がしてくる。
ゆっくりと顔を上げた華子は少し赤らんだ頬をして、長い夢から覚めたように深い息をつく。
「絹子さん、この子たちに早く会いたいね」
「そうね、早く会いたいわ。この子たち、華子になんか言ってた?」
「うん」
「どんなこと?」
「……だいじょうぶだって……」
「そう、よかったわね。それで華子はどう思ったの?」
「なんかすごくうれしかったの……」
そういうと華子は絹子の首に手を回し、頬を寄せた。気がつくと、華子は静かに泣き始めていた。
そして、なにかしらの封印がとけたように、次第に泣き声は大きくなっていく。
ひと月まえに、姉の家の飼いねこが老衰で死んだ。犬のブルテリアに似たなんとも不器量なねこで、家のものは「ブル」と呼んでいたが、幼い華子は「はなぶさ」と自分だけが呼ぶ名前を付け、餌をやった。
おとなばかりの家族のなかで、華子は「はなぶさ」を子分のようにして可愛がっていた。
しかし、華子の背が伸び、友達の数が増えていくのに反比例するように「はなぶさ」は老いていった。目が見えづらくなり、腰が立たなくなって、寝たきりで、夜昼わからず鳴き続けるようになっていた。それでも華子が近づくとぱたりと尻尾が動くのが、傍で見ていてせつなかったと姉は言った。
やがて「はなぶさ」はものが食べられなくなり、衰弱し、息をしなくなった。弱々しくであっても休むことなく打ち続けていた鼓動が前触れなく止まってしまう。いつも膝の上にあったぬくもりが失せていく。
「そのことが華子を苦しめてるんじゃないかしらとは思うんだけど、そんなことで食事できなくなるものかしら。……だって、もうあれからひと月もたつのよ」
と姉はため息をつくのだった。
それを聞いた時生は
「それはかわいそうなことでしたね。でも、他にも原因があるかもしれないから、ここはちょっとゆっくりと様子を見ましょう」
と姉の性急な言葉を宥めたのだった。
絹子は何も言わずに華子の真直ぐな髪を撫で、その肩を抱きしめてゆっくりと右へ左へ体を揺らす。ふたりは振り子のように揺れる。
華子の嗚咽が揺らいで部屋に満ち、溢れ、窓を出て、外の雨に溶ける。雨の中を進む電車の音が遠くかすかに響く。華子のかなしみはどこまで旅していくだろう。
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