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花柄のキルト
Mさんの乳ガンは早期発見ではなかったので、抗ガン剤で小さくしてからの手術だった。彼女は親友というよりは姉にちかい存在だから、衝撃が大きかった。途方にくれた。
あたしが入院したあの猛烈に暑かった夏の日に、遠路訪ねてきて、あたしの身体を拭いてくれた。手術中に流れた血がべっとりとついた髪を泣きながら拭いてくれた。退院してからは毎日のように電話をくれた。ただ、あたしを笑わせるために。
元気になったら、よく叱られた。片頬であっても、当たり前に過ごせるようになったのは、彼女がかわりなくこだわりのない付き合いをしてくれたからだった。
そんな彼女が病んだ。それも死に近いところで病んでいるだと思うと、どうしようもなく不安だった。自分に何ができるのか、彼女が私にしてくれたようにを私も彼女にしてあげられるのだろうか、とくりかえし自問した。
抗がん剤の副作用で、吐き気や眩暈がひどく、髪が抜け、粘膜が傷み、爪が黒ずんだ。そんな彼女に「頑張って」なんて言えなかった。ただ肩を抱き、背を撫でた。
血管が細くて点滴が入らず、しょうがなく手の甲にさした。液がもれ腫れあがり、そこここが赤紫に変色した。その両の手を外側から包んだ。そして「自分のことだけ考えて」と言った。
がん経験者の言葉を伝えた。「自分の奥深いところにある生命力を信じて全て委ねる」というそのひとの言葉はすーっとMさんのなかに染み込んでいった。
あたしはその日からパッチワークでベッドカバーを作り始めた。手術までに仕上げる、そう決めた。
家中にある花柄の布をひっぱりだし、パステルカラーのものを選んだ。綺麗な色でなきゃいけない。五センチ角の四角繋ぎでお花畑をつくる。夜も日もなく没頭した。十数年に及ぶキルト人生であれほど切実な願いを込めた作品はない。
どうにか手術前にできあがり、届けた。江戸っ子で照れ屋の彼女が困るといけないと思い、病室で眠る彼女に傍らに置いて帰った。自分の仕事を終えた気分だった。
幸い手術も成功し、順調にもとの暮らしをはじめたMさんが、言った。
「ずっと言えなかったんだけど、あなたのくれたキルトを見るたびに、ああ、死ねないって思ってたのよ。もーう、まったく凄いもんくれちゃったからさあ、うっかり死ねなくなっちゃったのよ」
この不器用なあたしがキルトを始めたのも、ここまで続けてきたのも、このためだったのかもしれない。命の瀬戸際で、言葉では伝えきれないものを、ぬくもりとともに伝えるためだったのかもしれない。
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