ゆきのひに
朝起きたら、雪が積もっていた。寒いわけだ。
坪庭しろし。古家さむし、だ。一軒家は床下から冷えてくる。台所の床暖房が故障していて、足元がつらい。
日が出ても雪は降って積もる。ベランダの植木鉢を救助せんとて、ひと足踏み出せば、うわっ!とその沈み方に驚く。
こんなに積もってたんだ、と。そしてその屹立する断面のきれいなこと。
美しき足跡。
尊敬するイラストレーターさんは、美はいたるところに、とおっしゃって、日々の視界の中のものに美を発見されるのだが、ああ、それはこういう心待ちになることなのかもしれないな、と思ったりした。
しかし、こんな日はあったかい生姜紅茶でも飲んで引きこもるにかぎる。特に年寄りは。
で、三階の文袋作業場でミシンをかけていると、なんだか外が騒がしい。拡声器を使ってなにか喋っている感じだ。
二階に降りて窓から見てみると、消防車が止まっていた。途中から聞いたので何なのかはわからないが、大丈夫だと言っていた。
今は大丈夫だけど、その前はたいへんだったのか?
慌てて外に出てみると二軒先のマンションの前にボンベを背負った消防士さんが何人かいて、出入りしていた。なにやらものものしい。
眺めてるだけでは事情はわからないので、家人が出向き「危険物が流れ出たので回収した」と聞いてきた。
危険物てなに?流れ出るものってなに?もともとあったの?持ち込まれたの?
よけいにハテナが湧いてきて、もう一度見てみると、消防車は去り、消防署の車と救急車みたいなのが新たに止まっていた。
事件ではないかもしれないが、事情を聞いているのだろうなあ。
ミステリという勿れの整くんなら、見事な推理を聞かせてくれるのだろうが、凡人の我らは、事実の断片を集めて、首を傾げるばかりだ。
やがてそんな車両も去り、その後は、地面の雪が溶けるように何事もなかったように、ただただ寒い午後の時間が流れていた。