ふびんや8 「ちりめんのしぼ Ⅴ」
「すきなひとのために自分が納得して選んだことやったら、あとでどんなことになっても耐えられるもんえ、あかねちゃん」
「あのねー、そういうこと簡単にいわないでよ、母。そんなことではっぱかけなくていのよ……そんなのひとによってちがうもん……あかねちゃん、気にしないでね」
「うううん。ひなちゃん、いいのよ。……あのね、実はかあさんがわたしたちのこと、反対したわけじゃないの。とうさんがもう頭ごなしにだめだって言い張ったの。アルゼンチンなんて遠すぎるって。そう言われて、こっちも頭にきて、なにがあっても彼についていくって思ったの。親の言葉で自分の人生捻じ曲げられたくないって言い張って、とうさんとはずっと揉めてたの。そのあいだに入ったかあさんがやきもきして……それで具合わるくなっちゃったんだと思う」
「まあ、そやったんか。統三さんも一本気なおかたやしなあ。そら、摂さん、しんどかったやろなあ」
「うん、でね……かあさんの病室にふたりでつめてたとき、とうさん、しみじみとした口調でいいはじめたの……
『――あの夜、かあさんが急に、松ぼっくりの笠が雨の日にはひらかないのはなぜだと思う?なんて訊いたんだ。俺は晩酌してたからさ、面倒で、そんなもんはわからん、とそっけなく答えたんだ。かあさんが言うには、松ぼっくりっていうのは笠の間に種があって、そこをひらいて風に種を遠くまで運んでもらうんだけど、雨の日は種が遠くまで飛ばないから閉じてるらしいんだよ。そういうしくみになってるんだって説明をしてから、かあさんは、松の木だって自分の子孫をそばに置いとかないで、ずっと遠くへ送り出すのにねえ、って言ったんだよ。
どうせ植木屋やってるいとこのケイちゃんの受け売りだろうって思ってさ、それがどうした。俺は松の木なんかじゃねえって言っちまったんだ。その後にかあさんが倒れちゃったんだ……
かあさんにもしものことがあったら、あれが最期の言葉になるんだよな……かあさん、このことでいろいろ神経使ってたんだろうなって思うと……かあさんの言葉が思い出されてくるんだよ……おまえの彼氏、チリ人だかアルゼンチン人だかしんないけど、どんなやつか、いっぺん見てやるからつれてきな』って」
「へー、そうだったの。じゃ、摂おばさんの思いが通じたのね」
「よかったなあ、あかねちゃん、これでうまいこといくわ」
「でもね、こうなってみると……かあさんの左半身がうまくうごかないこととか、とうさんのさびしそうな背中とか見てると、自分のせいでこうなったような気がして……」
そういうとあかねは唇を噛む。
「あかねちゃん、そんなことあらへんて。摂さんはあんたにしあわせになってほしいと思たはるだけやわ。ほかのことはなんとでもなるって」
「そうかなあ。自分だけがものすごくわがまま言ってるような気がして……申し訳ないなって思ってしまうの」
「あかねちゃん、これは順番や。いつかあんたが今の摂さんと同じ思いする日がくるかもしれへん。そういうもんなんや。あのひとはあんたの気持ち、あんじょうわかったはると思うで。青い目の孫をたんと連れてきたげたらええねん」
「あのねえ、母、アルゼンチンのひとの目は青くないよ」
「ふふふ、そうかいな」
「……ありがとう、おばさん」
帰っていくあかねのすらりとした後ろ姿をみてあずが言った。
「やっぱり恋してる子はきれいやなあ。あかねちゃん、体のうちがわから光ってるわ」
「へー、そんなの、わかるの?」
「そうや。ほんで、真っ直ぐいかへん恋はおんなをおとなにするんや。あんたは、まだまだや。なんも思慕ができてへんわ」
「もうー、聞いていたの? どうせわたしのはちりめんじゃこの思慕ですよ」
「ふふ……そろそろ、閉めよか」
吹きぬけていく風が冷たい。あかねが閉めた戸の音が聞こえた。