核となるもの
文袋のこれからを、まあ、いろいろ思案して
まあ、それなりに悩んで
うらやんだり、卑下したりして
どうしたもんやらで、
手は動かなくて
こころばかりが右往左往してるんだけど
今朝、あるひとからメッセージがきて
そのなかの言葉がささった。
「あそびごころ」
あー、そうそう、そうなの。
あたしが文袋を作っててたのしいのは
自分も笑ってしまうようなのが
手の中に生まれること。
ほとんど布頼りなんだけど、
それを選ぶことや
それを文袋にするのがたのしいのもあるし
コラージュのようにして
愉快な取り合わせってのができた時
やった!となるわけで
あとで苦笑することになるんだけど
一瞬、天才やん!と思ったりするわけで。
そういうこと以外こと
例えば、売れないこととか
ここをこうしたらいい、と
あれこれ言われたり
注意されたことを考えると
くしゅん!と自信なくなって
ややこしいことになっていくんだよね。
青臭いからね。
でも、そう、核となるのは
「あそびごころ」
なんだよね。
ここではないところで
こころを遊ばせる。
あたしには、そんな意味もあるな。
京都に来て2年あまり
なんかペシャンコになってる自分に
ふーっと息を吹き込んでくれた
「あそびごころ」
読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️