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ざつぽくりん 21「ダンゴムシの避難訓練Ⅵ」
「そうですねえ、あたしもちょっとうじゃうじゃは苦手です。ひとごみもいやですね……あ、今、ちょっと疑問に思ったんですが……あの、ダンゴムシの避難訓練って成立しますでしょうかね」
あ、カンさんたらまたヘンなこと言い始めた。
「ダンゴムシの避難訓練?」
「ええ、よく防災の日とかにやるじゃないですか、サイレンがなったら、慌てず騒がす落ち着いてなんていわれて、広域避難場所まで誘導されるじゃないですか」
「あ、学校でもよくやるわ。おさない、かけない、しゃべらないっていうの」
「しかし、ダンゴムシはサイレンがなったとたん丸くなっちゃうんじゃないでしょうか」
「そうよね、ダンゴムシは丸くなることが避難なのよね」
「彼らは丸くなったらもう安全だと思ってるんですね」
「でも、みんなで丸まってたら、避難訓練なんかできないわね。」
「考えてみると、丸くなることで防げることもあるけど、丸くなったことでより危険になることもありますよね」
「ああ、そういえばそうだわ。丸まってたら外のことわかんないし、大きいものがおっこってきたら押し潰されちゃうし」
「そうですよねー。うーん、つまるところ、ダンゴムシの避難訓練というものは、実は、いざというときに丸まらない練習かもしれないですね」
「ふふふ。それってすごくおかしい」
ああ、華子が声をあげて笑ってる。
「おかしいですねえ。しかし、華子さんはべっぴんさんなのに、お話がおもしろいですね」
「わたし、べっぴんさんなんかじゃないもん」
「あ、いま華子さんが丸まりました!」
「えっ? 丸まった?」
「ダンゴムシとおんなじです。ひとのこころも自分のことを守るためにくるんて丸まることがあると思いませんか?」
「こころも?」
「実はあたしは昔、すごくつらいことがありましてね。そのとき、こころを閉じようと思ったことがあるんです。今、それはダンゴムシが丸まるのと同じだなって思いました」
「ふーん、カンさん、そんなにつらかったの?」
「……ええ、もうなんかいろんなことがいやになっちゃったんですね。……なにもかもどうなってもいいやって思ってなげやりに暮らしてたんです……あたしのだいじなひとはみんなあたしを残して死んでいったんです……とうとうあたしはひとりぼっちになってしまったんです。何でそうなったのかって考えても答えはなかなか見つからないんですね」
「ふーん……そうなの?……カンさん……さびしいね」
さっきまで笑っていた華子の声が震えている。
「あ、華子さんを悲しませるつもりはなかったんですよ。……困ったな、愉快な話をしようと思ってたのに……」
「うううん。思い出しちゃったの。一ヶ月前にわたしの飼ってたねこが死んだの」
「そうでしたか。それは華子さんもさびしいですね」
「うん、そうなんだけど、それはもう覚悟してたことだから、ずっと最後までいっしょにいられたから、悲しいけどつらくはないの。でも……」
「どうしました?」
「はなぶさって名前のねこだったんだけど、はなぶさが死んで悲しんでたら理子ねえさんが、あのねこもあんたもよそからもらわれてきた同士、仲がよかったわねえって言ったの」
「えっ? なんですって?」
理子がそんなことを言ったのか。なんてひどいことを。
「わたし、もらわれてきてなんかないもん、って言ったら、生意気言うわねって怒って、うちはおとなばっかりでしょう? あんたひとりが子供なのをおかしいと思わなかった? だいいちあんたとわたしは顔が似てないでしょう? って言われたの」
「おやおや、おねえさんなのにひどいことを。……そんな言葉をいわれてしまうと、家族がそばにいるのに、ひとりぼっちになったような気持ちになってしまいますね」
「うん。カンさんがさっき言ったのと同じ感じ」
「はー、ほんとうにひとりはつらいですねー」
地の底から湧き出てくるようなしみじみとしたカンさんの声は絹子の体の芯へと入りこむ。はじめて聴く声だった。
「あのね、理子ねえさんてやり投げの選手で体も大きくてすごくたくさんご飯食べるの。なんかよくわからないんだけど、理子ねえさんのそばにいると、わたし、だんだんご飯、食べたくなくなっちゃったの」
「ああ。そうでしたか。それで、ちょっと元気がないんですね」
「うーん、はなぶさみたいにずっと寝たままでいいやって思ってたんだけど……」
「華子さん、……それはよくないです」
「……でも、さっき絹子さんとこで牛乳飲んだの。おいしかった」
「それはよかった。それにしても絹子さんは不思議なかたですね。あたしも絹子さんといるとお説教とかしたくなることもありますが、なんだか気持ちが明るくなるんですよ。」
「うん、そう。時生さんといると安心する」
「ああ、そういえばそうですね。あのかたは丁寧に生きておられるから。……あの、華子さん、おねえさんが言ったというさっきのことですが、ほんとうのことはわからないんでしょう? そのこと誰かに相談しましたか? 時生さんや絹子さんには言いましたか?」
「うううん、誰にも言ってない。さっき、絹子さんに言おうかなって思ったけど言えなかったの。だから、カンさんがはじめて」
「……華子さん、そんなつらい気持ち抱えてずっと丸まってたんですね」
「あ、そうかもしれない」
「あたしも自分の身の上はめったに語りません。実は時生さんも絹子さんも知らないことなんです。不思議だなあ、初めてあった華子さんに打ち明けてしまうなんて」
「ふふ、カンさんとわたし、いっしょに丸まらない避難訓練したみたいね」
「ははー、やっぱり華子さんは愉快だ。そのおねえさんのことはわかりませんが、華子さんと絹子さんは間違いなく血が繋がってるとあたしは思いますよ」
「似てるってこと?」
「ええ、ふたりとも愉快でべっぴんさんだ」
目をつぶってふたりの声だけを聴きながら絹子は言葉のちからを思った。
華子にかかった理子の言葉の呪いをカンさんが言葉で解き、華子の言葉は決して開くことのなかったカンさんの人生の扉の鍵を苦もなくはずしたように感じられた。
さっき聞いたふたりの言葉は、真正面から向き合ってきっちり受け止める言葉だと感じた絹子はこのいきさつを聞かなかったことにしようと決めた。
ダンゴムシのように丸まってしまう思いはだれにでもあるのだろうし、それはたぶん理子のこころにもあるのかもしれない……そう思っているうちに本当の眠気が襲ってきた。
まどろみのうちにふたりが庭に出る気配を感じる……。
カラスのケンがきてる……。カンさんがハンガーの話をし始める……ああ眠い……。
ふたごが自分を呼んでいるような気がして、意識がなくなる。夢をみているのだとわかりながら眠っていた。
くらがりで幼い絹子がだれかと手を繋いでいる。どこかから「あのこがほしいー」という「はないちもんめ」の歌が聞こえてくる。低く響くその声にこころが冷える。
「あのこじゃわからん」と答える歌の高い声には険がある。姉の声に似ている。絹子はどきどきする。あのこになったらどこかへ連れて行かれてしまうんだと思う。
手を繋いでる相手は華子だった。ああ、華子があのこになっても悲しい。華子を連れて行かれるのもいやよ、いやよと思っていると、目の前が明るくなった。
水色の空がひらけた。その空を鮮やかな黄色にそまった銀杏の葉がくるくる舞っている。その葉っぱのなかから、昔見たテレビアニメのおばけのキャスパーのようにまるまるしたふたごが現れ、ひゅんひゅんと縦横無尽に飛んでいる。
ふたごのひとりがにこにこして「たきちゃんがほしい」と言いながら飛ぶ。もうひとりも笑いながら「さきちゃんがほしい」と言っている。ああ、ふたごの名前は「さき」と「たき」だったのかと合点する。
今度はたきが「はなちゃんがほしい」と言って飛ぶ。さきは「カンさんがほしい」と言っている。ふたりの顔はどこか華子に似ているような気がした。
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