通っているカルチャーのテーブルの空いている席に腰を下ろし、昼食をとろうと思った。隣には自家製のお弁当をひろげているおばさんがいた。
くすんだ黄色のサマーセーターが目の端にあった。一瞬の印象だが、小太りで、そう垢抜けてはおらず、いかにも世話好きという感じがした。
おばさんは待ちきれない様子で、なんの前置きもなく「あらあ、どうしたの、そのほっぺ!」と、さも心配をしているという顔をして問いかけてきた。
それまで当たり前に耳に届いていたざわめきが、しらないうちに遠のいている。
むろん、そう問われることはなにもはじめてのことではない。あたしの左頬には肌色のテーピングテープが張ってある。目立たないといったら嘘だ。初めて見た人にはさぞかし気にかかることなのだろう。
それでもこの唐突さには戸惑う。深く息を吸う。そして、まっすぐおばさんに向き合い「悪性の腫瘍が出来まして、顎の骨を取っております」と、穏やかな表情をして、静かに答える。ただし、すこしばかり目に力をこめる。
おばさんが息をのむのがわかる。痛む歯をわざと強く噛み締めているような気分がする。
おばさんからはなんの言葉も返ってこない。なにか言いたげで、それでも言葉を選べずにいるおばさんの視線を、痛いほど頬に感じながらサンドイッチを口に運ぶ。
なんだか味がしない。
おばさんの箸が弁当箱の縁に当る音がした。その硬い音がせわしない。
「あら~、たいいへんね」とか「大丈夫?」とか声をかけ、たがいの苦労話のやりとりでも始めるつもりだったのだろう。決して意地悪をするつもりなどなくこれまでの人生で、どんな憂さも心配事も誰かに話すことで晴れると信じてきた人なのかもしれない。
ところが、今日は、何の気なしに投げた石の波紋が予想外に大きくなって戻ってきたから、どうしていいのかわからなくなっているのだろう。
おばさんの沈黙は今のあたしのどうしようもない立場を告げている。問われたことよりも、この沈黙のほうが堪える。
時として善意の中から飛んでくる矢をよけそこなう。矢は思いがけず深く刺さる。そうか、やはりあたしは普通じゃないんだなと思い知らされる。
それでもだんだんと心の中で中指がたちあがってくるのがわかる。ほめられることではないが「かかってきなさいよ」とでもいうような気分になる。
あたしはひがまない。おろおろと傷ついた顔など金輪際見せない。こんなところでへこたれてなんかいられないのだ。
「どこのどなたに、なんと言われて、なんと思われても、この背筋をまっすぐ伸ばして、とことんまっとうに生きてみせますからね」
そそくさと弁当箱をしまうおばさんのふっくらとしてやわらかそうな「ほっぺ」を眺めながら、こっそりとそう宣言した。
読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️