はせがわさん
遠い昔、2年半ほど山梨県人だった。あたしはまだ26、7歳で、二児の母だった。
ひどく若かった。どきどきするくらいに未熟だった。
誰も知った人のいない土地で新米かあちゃんは
自転車の前後ろに三歳と一歳の男子を乗せて突っ走っていた。
おまわりさんに呼び止められて、「おかあさん、それはあぶない!」と注意されたこともあったがめげずに甲府の町を走った。
それで岡島百貨店や西武デパートまで行ったりもした。その行く道に小さな本屋さんがあった。
そこは絵本専門店で、入った瞬間に時間が止まる場所だった。
店主のはせがわさんは大柄なひとで、そこに並ぶ五味太郎さんのえほんから出てきたおとうさんのような、黒縁めがねの少しふくよかで穏やかな風貌のひとだ。
鼻にかかった声で逍遥するようなゆったりとした口調で、世の中に戦いを挑むような過激なことを話した。
「それはちがうだろう?」といつも問うているかのようだった。
そのちがいをどこから正していけばいいのか、と考えて、はせがわさんはひとの時間を遡り、赤ん坊の時代にたどり着いた。
ひとのはじまりから変えていかねば、と。
絵本の配本を始め「よみきかせ」を進めた。
迂遠だけど、そこから世の中を変えていこう、と。
我が家の息子1にとってそこは楽園だった。後に愛することになるたくさんの絵本作家にそこでであった。
息子2にとっては、いささか退屈な場所ではあったが、安野光雅のABCの本とレオレーニの「はまべにはいしがいっぱい」は、彼の宝物だった。
そして新米かあちゃんにとってはせがわさんは
甲府ではじめてできたお友達だった。ありがたかった。
*****
もう絵本屋さんはたたまれた。
時は巡り、はせがわさんの配本で絵本を読んだ子たちがもういいおとなになっている。どんなふうに世の中を渡っているのだろう。
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