見出し画像

ふびんや 26「片袖袋 Ⅷ

「ものを貰うのがつらいときってあるのね」

「欲しくないものを貰うこともあるもんね。でもうちのかあさんはそんなときは、断らないで、気持ちをもらっときなさいっていうよ」

「だってさ、ほんとうの持ち主が大切にしてたものなんじゃないかなって思うとさ……もらっていいのかなっておもっちゃう」

「でもバーバラはさ、いっしょけんめい手伝ってくれたひなちゃんに、なにかお返しがしたかったんだろうと思うけどな」

「そんなの、いいのに」

「そういうひなちゃんだから、あげたかったんだよ」



ひと通りすべての部屋を周り、この家に満ちる混沌としたものを種類別に分類し、二十近いゴミ袋を庭にまとめて出したときには、夕刻が迫っていた。薄闇に沈んだ部屋のなかで、バーバラの金髪だけがくっきり浮かんで見えた。

くたびれはてて、互いが無口になった帰り道、国道沿いのハンバーガーショップの前でバーバラが立ち止まり、「ちょっと食べていこう」と誘った。ひなはシェイクを、バーバラはチーズバーガーを頼んだ。

ボリュームのあるバーガーをバーバラはうれしそうに大きな口で頬張った。咀嚼する口元の皺が深かった。

「バーバラって、もう年だから、食べたら胸やけするのがわかってるのに、ある日突然、やみくもにチーズバーガーが食べたくなるんだって。そういう食べ物のことをホームシックフードっていうそうよ」と、さくらが言っていた。

納豆もイクラも美味しいと言っていたが、それでもその日のバーバラの胃は生まれ育った土地のものを懐かしがっていたらしい。

昔、農場にペカンの樹が二本寄り添うように立っていた。ダディがその実でペカンパイを作ってくれた。それはとても甘い思い出であり、今でもペカンパイを食べると、あの二本の樹の間に夕日が沈んでいくシーンが浮かんでくる、と独り言のようにバーバラは言った。深い眼窩の底で、碧の瞳が光っていた。

ひょっとしたらバーバラはアメリカに帰りたいのかもしれない、とその時ひなは感じていたのだが、案の定、そのあと、バーバラが「ふびんや」を訪れることはなかった。「笹生」にも顔をみせなかった。


バッグの支払いを済ませたあかねが戸口に向うと、通りに人影が見えた。

「あ、ひなちゃん、見てみて。伊沙子さんたちだよ。すごいよ、相合傘で腕、組んでる」

「ああ、駅まで送っていくんでしょうね。わずかな距離なのにね。ほんと、仲いいよね」

「まいるね。ネバー レット ミー ゴー、だね」

伊沙子はきっちりと髪を結い、いつものように赤い紅をさして、笑っていた。 



読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️