似顔絵描きの言葉
「あなた、あなたを探していたんですよ。
会える日をずっと待っていたんですよ」
いつだったか、街中でそんな、セリフを聞いたことがある。横浜の桜木町だった。人通りの多い駅近くの路上で。
ちょっと太めであんまり垢抜けてないおじさんが、道を行くおんなの人を捕まえて、なんだか興奮して、まわりのひとを振りかえらせるほどの大きな声でその言葉を放った。
「あなた、あなたを探していたんですよ。
会える日をずっと待っていたんですよ」
言いながら、相手の腕を掴んで離さない。新手のキャッチか?いやいやナンパ師の伝統的くどきというべきか?そこに犯罪はからんでないか?野次馬の視線が集まる。
しかし、そういう浮つき感はない。おじさんはなんだか真剣で、スケッチブックを持っていて、似顔絵を描かせてほしいとかきくどいているようなのだ。
そのおんなの人は髪が長くて、ほっそりとしてて、賢そうできれいだった。つまり似顔絵を描くのはだれでもいいわけでなく、特別なひとが描きたいのだと、告げているわけだ。
それがなりわいで、今日を生きるための活計を稼ぐすべなのだとしたら、この言葉は実に考え抜かれたものなのだ、とも思う。
「あなた、あなたを探していたんですよ。
会える日をずっと待っていたんですよ」
あなたは特別なひとです、私の審美眼がそう告げます、会えてほんとにうれしい、どうか、描かせてください、という意味合いを含ませた言葉。
どう言えばおんなのひとが良い気分になるか、考え抜かれた言葉。相手の胸の奥にしまわれたプライドをくすぐる真っ直ぐな言葉。
それは臆面もなく言わなければならない。真剣に求道的に、高みを目指すひとのテンションで。
あー、それにしても、なんだか胡散臭いな、何事も起こりませんように、と思いつつその場を離れたが、そのセリフがずっとこころに残った。
「あなた、あなたを探していたんですよ。
会える日をずっと待っていたんですよ」
その状況でなく、そのおじさんでなく、自分の進みたい道筋にその言葉が用意されていたら、どうたろう。
たとえば、オーディション、たとえば公募、たとえば手づくり市、たとえばインスタ、たとえばnoteで、自分の生み出す作品にそんな言葉をかけられたら、と想像してごらんなさいな。
「あなた、あなたを探していたんですよ。
会える日をずっと待っていたんですよ」
その才能を待っていました。そんな才能と出会いたかったのですと。
それはそれはうれしいことだろうな。