1年前の今日、僕は「怪物」に出会った。
僕は去年の今日6月6日。映画「怪物」を観た。
その時のことをここに記録として残そうと思います。
2023年。僕は映画を観ることを趣味にした。
きっかけはごく単純で、「休み一日を使って三本映画を視聴する事にチャレンジ」したところ、とても充実した一日になったからである。
なぜ映画を3本一気観しようと思ったのか、理由は覚えていない。
最初はその一月前の2023年5月、GW明けの休みが取れた1日に3本映画を観てみようとただ思ったことが始まりだった。
話題になっている「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」と「THE FIRST SLAM DUNK」、観ることを義務付けていた「ガーディアンズオブギャラクシー volume3」(これはmarvel映画にハマっておりMCUシリーズを通して観ることを決めていたのだ)。
この3本を1日で観ることをやってみよう、と思い立ち決行してみたら思いの外、それにハマってしまったのだ。
というのも、3本映画をみると約6時間映画館に居続けることになるのだが、僕の通っているシネマは田舎にあるので、平日の昼間に行けばほとんど観客は入っていない。
誰かが隣に座ることはゼロに等しい上に、作品によっては、観客は僕一人だけ、ということもある。荷物を隣の席に置ける、左右両方のドリンクホルダーや肘掛けを気兼ねなく使うことができる。なんなら前後にもほとんど人がいないので、靴を脱ぎ足を伸ばしリラックスしながら観ることができるのだ。行儀が悪いから流石に常識の範囲内の姿勢で座るようにはしているが…。6時間でも苦痛は感じないのだ。
その日、6/6はTOKYO MERを見ることは決めていた。
1日休みをとっていたが、心底興味引かれる作品があったわけではなかったので、2本に絞って、あと1本は何をみようかと迷っていた。
ちょうどその時はカンヌ映画祭の話題がテレビのニュースに上がることも増えている時期だった。
気になったのが、カンヌ映画祭で話題になっているという是枝裕和監督の「怪物」である。
よく調べることもなく、なんとなく入れた情報では
是枝裕和監督の最新作。
カンヌ映画祭のなんかの賞をとった。
脚本家が坂元裕二さんだった。
これくらいのものだった。
あと強いていうなら、予告編が、「家庭と学校、マスコミが入り混じった、少しミステリーか?くらいのやや歪なものである」ということがその上に乗っかっているくらいだ。
是枝裕和監督のことは知っていた。
映画「誰も知らない」を観たことがあったからだ。
「誰も知らない」は内容が実際の事件をもとに作品が作られているというセンセーショナルなもので、実際の事件との比較なんかもネットで溢れていたのでそれをみて、興味を惹かれたのだった。
ただ、当時は、ファンタジーやアニメ、アクション、エンタメに特化した映画やお芝居しか興味がなかったので、事件の悲惨さ、リアルに生きることの難しさ、主演の柳楽優弥さんの素晴らしさが記憶に残るくらいで、さほどハマることもなかった。ただ、この監督はとても子供を撮る事に長けおり、現実の事件や話題を取り入れるのがうまいのだ、くらいの感想だった。
映画祭のことはよくわからなかった。もともと映画祭というものに興味もない上に、『鑑賞する側が感じることが全て。「〇〇賞をとったからすごい作品である」という事でもないはずだ!』という捻くれた性格なので、カンヌ映画祭に出展し賞を獲ることがどれだけ大変で素晴らしいことなのかが理解できていなかった。
脚本家、坂元裕二さんはドラマ「カルテット」で作品を観たことがあり、その表現力と、リアルを切り取る手法がとても好きだった。特に素晴らしいのが、人の感情のすれ違い、出てくるキャラクターの個性、会話を織りなす時の独特の着眼点や流れが胸に響き、その作風が好きだった。
「怪物だーれだ」と曲と赤が強調された予告編・歪に感情が揺さぶられる中身のわからない映像が僕の心を揺さぶった。
話題ならば観てみるか、それくらいの記憶だったと思う。観る前は。
1年前の今日6月6日火曜日。
「怪物」を観た。
3部構成で構築された作品は、解りづらいという事も感じさせず心にずっしりとのしかかる。初回の感想は、「二人は生きているのか?」「僕も怪物だったんじゃないか?」「早織や保利先生はこの後どうなるんだ?」。
記憶に残っているのは、美しく鮮やかで爽やかな木々の緑色、抜けるような気持のいい諏訪の景色や映像と、それとは逆に、生きる事への孤独や焦燥感、言葉では表すことができない胸の中にあるモヤモヤだった。
怪物にハマった。その一言だった。
スマホを取り出し、映画を観た方のレビューや考察を漁る。
恥ずかしながら、初回観た時は湊と依里の本当の気持ちに気付けなかった。
二人の想いはレビューをしてくれている人の文章などを読んで知ったのだ。湊の体の変化や、MRIに入る時の表情、豚の脳がバレてしまうという恐怖と、親への期待に応えられない思春期特有の不安感、依里の気持ち、早織の異常性や保利の理想、大人の加虐性や意図しない「他人への攻撃」、などなど。一回観ただけではわからないことがたくさんあることがインターネットで「怪物」を調べれば調べるほどわかって、恥ずかしかった。
ただ、薄っぺらい僕の理解度でも、それでも心に深く切り込まれ記憶に残っていることが素晴らしく感じる、そこがさらにこの作品の沼にハマっている事に気づく。
そして音楽が坂本龍一だった事を終演後のテロップで知った。エンディングの曲が聞き覚えのある曲だったのだが、それが坂本龍一の作品だとわからなかったことにまた一つ恥ずかしさを覚えた。
映画の帰り、本屋に寄る。これは心のモヤモヤを少しでも晴らすために立ち寄っただけなのだが、そこで見つけてしまったのが、「怪物」のオリジナルシナリオブックだった。
普通の映画作品ならそれに手を伸ばすことはしなかったのだが、昔、小劇場のお芝居を観まくっていた時期にハマっていた、演劇集団キャラメルボックスの作品では必ずと言っていいほど観た後に脚本を買っていたことを思い出し、「見逃してしまった何かを得られるかもしれない」と秒で買いに走っていた。
家に帰る途中もずっと「怪物」をリフレインしていたし、帰ってからはもちろん脚本に穴が開くほど読み漁った。この感じは、学生時代、進学や将来に不安になり、生きることへの疑問を呈し、哲学や自己啓発本を読み漁ったあの時にとっても似ていた。常に、いついかなる何時も、胸の中がむず痒く、抜け出すことのできない蟻地獄にハマっている感じ。
寝て目が覚めて、翌日になってもこの熱は冷める事なく、本屋に走る。ノベライズが出ていることを知ったからだ。これも読まねば。怪物の作品について、全て知りたい。知らないことはなくしたい。こんな熱は久しぶりだ。学生時代に見たエヴァンゲリオン以来だ。ノベライズも手にしすぐに読み切る。何度も読み抜く。そういえば、エヴァも原作漫画、関連本を読み漁ったっけ。
その間も、ネットやSNSでレビューや考察を読み漁る。ネットの記事も、監督のインタビューも、脚本家の対談も、関連することを隅から隅まで時間があれば調べ尽くす。
もう一度観に行かねば。もう一度観たい。映画館で、この作品に触れたい、二人に逢いたい。そう思える作品は初めてだった。
その週の週末。映画館にもう一度「怪物」に逢いにいった。
いろんな情報を入れてから観る作品は、全く違うものに見えた。エンディングも「二人は生きているのか?」から「二人は生きている!」に変わったし、初回は依里がとっても魅力的に見えたのが、2回目は湊が同じくらい、いやそれ以上に魅力的に見えた。大人の「怪物さ」もさることながら、歪な社会構造まで、初回とは全く違う感想がそこにはあった。
モヤモヤは薄くなり、開放感で溢れていた。エンディングで二人が大声で叫んでいるように、僕の心も「わぁぁぁぁぁ」と心の中で喜びとも解放とも言える雄叫びを上げ続けていた。
週末の天気は雨だった。劇場から外に出た時、ビッグランチが過ぎ去った後のように、ちょうど雨から晴れへと変わっていた。それもまた、作品のラストとリンクして、僕の心は叫び続けた。
それから何度も「怪物」の世界観に浸りに映画館に通った。
全部で6回観に行く事になったが、毎回感じることも違えば、またその世界観の素晴らしさ、俳優や演出の見事さに心が釘付けになっていた。
SNSでやりとりし、他の方の意見や感想を読み漁った。いろんな人がいろんなことを感じている、それすら「怪物」に関わっている事だ。愛おしく思えた。
安藤サクラさんと永山瑛太さんは元々好きな役者だったが、その二人に加えさらに黒川想矢さん、柊木陽太さん、という役者さんのこともとても好きになって、その活躍を追いかけた。二人の活躍を心底応援している。
心にある何かを晴らしたくて8月にロケ地巡りにもいった。
諏訪の風景や空気は僕の心をさらに怪物に沼らせる事になる。
マンホールに触れ、二人が好きなアイスを食べ、監督が好きなくるみやまびこもお土産に買った。立石公園から見える景色は自転車で山を登ってきた疲れも吹っ飛ぶ程に感動した。湊の家、手長神社の階段、諏訪赤十字病院、湊が車から飛び降り早織が事故をする所、鉄道跡地、城北小学校にもいったし、横河川、クリーニングももせ、釜口水門などなど、ロケ地マップを片手に行けるところは行ってみた。聖地巡礼なんてするのも初めてだった。
年が明けて2月にBlu-rayも発売された。特典映像のメイキングとロールナンバー集をみて、半年以上経ったその時でも、怪物の素晴らしさに触れて衝撃を受けた。
そして今、一年たってもなお「怪物」の新しい話題を探している。
ロケ地に使われた旧立場川橋梁の動向にもこれから注目していくだろう。
一年たった今でも僕の心を掴んで離さない。そんな素晴らしい「怪物」という作品をリアルタイムで観られたことを誇りに思う。
そして、これからずっと一番好きな映画は?との質問には間違いなく「怪物」と答えるだろう。
僕の人生を変えた映画だ。
鑑賞してから一年。記録がてら、ここに記そうと思う。