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新大塚の路地 と お店たち

道掃きは ご近所づきあいの 要です (6)

掃き掃除以外にも、この通りには様々な思い出があります。
春日通り側は、ビルが壁のようにたっていて、通りの雑踏は聞こえないのですが、こちらの通りは細いのに、結構多くの方が利用されていているようで、朝も夜も、人通りの靴音やヒールの音が響いていました。朝は、あーそろそろ起きないと…、夜は、徹夜明けで早めに帰って寝ていると、もう帰宅時間なんだなぁなどと、音で時間を感じていたように記憶しています。
お豆腐屋さんのバイクの音も、懐かしい音だったなぁ。

そんな路地の中で、ひときわ気になっていたのが「スダシャポー学院」。手づくり帽子の講習を行ったり帽子を売ったりしているみたい。通りからは、作品の数々が見えます。どうやら1955年にスタートした、古くからある帽子の学校とのこと。私が日中いなかったからか、実際に人がいる様子をみたことがなく、未だに訪れたことがありません。でも、個性的なものもあり、一度覗いてみたいお店です。

先生と行ったことがあるのは「モーニング・サン」という喫茶店。
春日通りから、坂道を降りて、この通りに入ってくるとすぐのところにあります。
ここは、書生を卒業してから、「最近行ってみたら案外よかったから、一緒にお昼でも…」と、先生と訪れたことがありました。入口が狭いのと、いつもお客さんがいて、一見入りにくそうなのですが、入ってみると、奥に客席が広がっています。
当時、確か、漬物ピラフ⁈というメニューがあり、コーヒーと共に、美味しかった記憶があります。今度、久しぶりにたずねてみようかな。

馴染とまではいきませんが、よく行ったのが「料理ごとう」というお店。
新大塚駅前の春日通りに面した新大塚プラザビルには、現代の路地のような通路があり、ここは、先生や私たちの生活動線。ここに「料理ごとう」があります。
実は書生だった頃、終電で終わって帰るとき、この通路を通ると、時折まだ電気が点いていて、御夫婦で後片付けをしている様子が、垣間見えることがありました。すると、こんな夜中でも、働いているのは自分だけではないんだな、がんばろう!と思えて、こっそり元気を頂いていた思い出がつまっています。
先生は、奥様がいらっしゃった頃からのお馴染みさん。毎年おせちを頼んでおられましたし、先生が亡くなられる少し前あたりからは、私たちが「里帰り」したり、とても珍しい人が来訪したりと、ここで食事をするようになっていました。
和食が大変美味しいお店で、季節感のある献立や盛り付けで楽しませてくれます。書生の頃は、ランチといってもちょっとお高くて入りにくかったのですが、先生が亡くなられてからは、お墓参り等の際にはお昼に立ち寄って、ランチを頂きます。お食事を頂きながら、先生や奥様の思い出話をさせて頂けるので、私にとっては、未だに「里帰り」できる、とてもありがたい場所になっています。
先生のお通夜の夜、父と共に訪ねて、たくさん思い出話をさせて頂いたのも、ここでした。

季節を楽しめる「料理ごとう」のランチ

さて、もうすぐ3月になると、先生の御命日。
春分の日などに、先生と護国寺へお墓参りにいくときも、この通りから開運坂下の交差点へ。これが近道だからと大塚の路地を通って、護国寺へ行ったものです。
今年は、先生がご逝去されて15年。久しぶりに懐かしい道をたどってみようかな。


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