超納得内定な大企業を新卒3ヶ月で退職した話①
はじめに
2024年4月1日、新卒として大好きな会社に入社した。
私は就活を頑張った方だ。
自己分析や会社分析、セミナー参加、インターンシップ参加、面接練習等に1年近く費やした。おかげで4社内定をいただきその中から自分にピッタリ合っていると確信した企業に入社した。
いわゆる大手企業で、友人や家族からは「すごいね!!」と褒めてもらえた。誇らしかった。
その企業は「仕事」はあくまで手段であり、理想の自分や社会の実現など目的のために駆使するべき(以下、キャリアオーナーシップ)
まずは大企業である自社社員がキャリアオーナーシップを持ち、ロールモデルとして日本全体に広めていこうという考え方を持っている。
私は、仕事に魂を売って家族や健康を一切顧みない父親の姿を見て、
人は働くために生きるのではなく、生きるために働くべきだと思っていたため、日本中の人々がキャリアオーナーシップを持つべきだと思っていた。
そんな会社の価値観に心底共感していたし、同じ思いを持った素敵な同期や先輩と一緒に仕事ができることが楽しみで仕方がなかった。
関東配属
私は地元関西でキャリアを築いていきたいという強い思いを持っていた。実家にすぐ帰れる距離にいたいし、22年生きてきた関西が大好きだから。
出産子育ては関西でしたいし、実家の協力を得て出産後もキャリアを築きたいと思っていた。
また、夢のための貯金がしたいため実家から通勤し、お金を貯めていくことを計画していた。
総合職でしか、募集がなかった、うちの会社で「関西でこんな人生を叶えたい」と夢いっぱいに語っていた私を人事は「絶対に叶えられるよ、応援している」と言ってくれた。
配属の第一志望はもちろん関西。
第二希望は彼氏がいる関東にした。
結果、関東勤務。
は??????
キャリアオーナーシップとは?私の夢は?と会社に問い合わせた結果
「あくまで会社で、組織なんだから、ある程度は諦めてもらわないと」
まあ、そういうものなの、、か、、?
関西で生きるために働くは、会社に属したらできないのか?
働くために関東で生きる、、、のか?
絶望や疑問や不安を抱えたまま関東に引っ越した。
入社後関東での生活
入社後関東での生活は最悪だった。
別にいじめられたわけでも、スリにあったわけでもない。
電車が混みすぎている、実家にすぐ帰れない、標準語きもちわるい、ユーモアが違う、飲み屋が高い、初めての一人暮らしが寂しい、家事めんどくさい、部屋の壁が薄く隣人の生活音がうざい
こういったちっちゃいストレスが、「私は関東に来させられて、ストレスをかけさせられている」と思うことによって大きなストレスになっていた。
いつしか、電車に乗るたび吐き気とめまいで3駅ごとに降りていた。ドアトゥードア30分のはずの通勤が70分ほどかかるのもザラじゃなかった。
関東で出会った人はみんな優しかった。みんな素敵な人だと思う。
ご近所さんには「私のことを東京のお母さんだと思ってね」と言ってもらった。会社の人も「関東生活慣れなくて大変だよね」と理解してくれていた。東京出身の同期には「いつでも私の実家に遊びに来てね」と言ってもらっていた。十二分に恵まれてると思う。
でも、なぜか猫を被って接してしまう。本当の私を出せない。相手も出してくれてないように思えた。
比較的外交的で、誰とでもすぐ仲良くなれる私は、この心理的ハードルを人生で初めて感じた。取り払いかたは今でもよくわかっていない。
仕事内容
私は誰かのためになりたい!!!が強い。(言い換えれば承認欲求が高い。)
とてもいいビジネスマンだねと言ってもらえる。が、一方で、「これってお客様のためじゃなくない?」と思ったら驚くほどやる気が落ちる。
そんな私の仕事は1日50件テレアポをすることだった。
最初は、お客様のためになる仕事だから頑張ろう!!!と思い1日50件をこなしていた。
ほぼ毎日客には怒鳴られるし、バレバレな嘘やきつい言葉遣いをされることは日常茶飯事だった。このストレスも、「いずれお客様のためになるのだから」と言う気持ちで耐えていた。
仕事が始まった三週間目、
「もう電話リストから外してもらえませんか?今繁忙期で、一杯一杯なんです。電話が鳴ると一度作業の手を止めて、集中も切れて大変なんです」
とお客様に言われた。
そこで私はプチッと糸が切れて、
「私のやってたことってお客様のためでもなんでもなく、迷惑行為やった?」と病んだ。
そっからなんとか言い訳をしてトイレでサボる、意味のないロープレや1on1をする、メールを何時間もかけて書くなどテレアポしなくなりました!サボりです!はーい!!!!
テレアポをしないとアポが取れないので商談もできない。テレアポをしない私は仕事がなかった。
そしたら、まあ仕事時間が長い。8時間✖️5日は永遠に思えた。
仕事しないのにお給料貰ってるのも申し訳ないし、
「一緒に頑張ろ!」とめらめら燃えてる同期もただただ鬱陶しい。
その頃はまあ全てにおいて無気力。
仕事はもちろん、ご飯を食べるのもめんどくさい、どうやったらこの状況を打破できるか考えるのも脳が疲れてる。
親からのLINEの返信も、友達や彼氏とのやりとりもだるい。とりあえず1人にしてほしい。が、1人になったら消えちゃう気がしてどうにもならなかった。
通り魔か事故に遭って、合法的に会社に行けなくなればいいのに。そしたら休めるのに。ばっかり考えていた。
お客様の言葉
今でも思い出すだけで涙が出るお客様の言葉がある(大袈裟)
無気力でボロボロの状態で商談に行った時に言われた
「あなたは人の気持ちに寄り添ったり、誰かのためになりたいという思いが明らかに欠けているよね」
と言う言葉。
これは就活期の自己分析や他己分析、学生時代のアルバイトや長期インターンでみんなから「あなたの強みは人の気持ちに寄り添うこと、誰かのためになりたいという思いが強いことだ」と言っていただいていたから。
「この長所は全ての短所をカバーできる最強の武器ですよ、社会に出ても頑張ってね」と長期インターンの社長がくれたお守りにしていた言葉を、いとも簡単に客にボロボロにされた。
客の前ではヘラヘラと「すみません」「すみません」と繰り返すしかできなかった自分にも嫌気がさした。
「本日はありがとうございました」と頭を下げる時まで、溢れ出す直前の涙を抑えることにしか集中できなかった。
ドアが閉まった後、泣いた。すごい泣いた。
もう勝手に家に帰ってやろうと思った(帰らんかったけど)(ほんま偉い)
同行してもらった上司を15分くらい待たせてトイレで泣いた(ごめんやで)
ああ、私の強みって、この仕事で活かせられないんだ。
私の強みを強みとして認識してくれた、長期インターンやアルバイト先に戻りたい。私を認めてくれた一緒に働いてくれた人、褒めてくれたお客様に会いたい。
なんやねんこの仕事、この会社。クソ東京が。
今思えば、こう気づかせてくれたあの客には感謝している。
奴のおかげで転職を心に決められたと言っても過言ではない。
半年後とかに原因不明のハゲが進行してしまえ❤️
⚠︎この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません