映画「劇映画[孤独のグルメ]」

2025年、最初の映画は……やっぱり映画館で!
1月10日、上映開始した新作。「孤独のグルメ」


……えっ? おっさんがメシ食うだけだろって?
いいから見てみなさいな。


自分は夕食時にほぼ確定で流す習慣が出来てしまって、推定50代のおっさんと一緒に黙々とメシを食ってるんですよ。
これも全ては、Youtubeの孤独のグルメ公式チャンネルのせいなんですけどねw

お人好しな個人輸入雑貨商である〈井之頭五郎〉は仕事でフランスへ、冒頭の機内のシーンはどこか原作である漫画版にありそうな展開でちょっと笑っちゃいました。

ドラマ版は純粋に料理と向き合い、食に一喜一憂するところが魅力なんですが、原作はどちらかというと「食事」というシーンにおける心情や人間模様の複雑さを味わうものなんですよね。
本作はドラマ版と原作漫画版の双方の良さを引き出しているのです。


さてさて、本作でも井之頭五郎を演じる「松重豊」氏の演技は素晴らしく、演技を演技と見えないくらいの素朴さを画面に醸し出しています。
それはまさしく、画面の中に本物の〈井之頭五郎〉という男が現れたという究極の表現なんですよ。

ただのおっさんがメシを食っている、そこに演者というノイズがあってはならないのです。
「孤独のグルメ」がいかにして、究極にして至高……いや、「孤高のグルメ」ドラマになったのは――やはり、「松重豊」氏の演技力と親父ギャグの引き出しの豊富さのおかげでしょう。


本作はCMや予告編を観たらわかるように「とあるスープ」を再現するために、井之頭五郎が飛び回ります。
スタート地点となるフランス、そこから軽快で愉快なメロディから物語が展開され、早速美味しそうな料理がスクリーン登場。
上映前にポップコーン食いすぎて、映画の前半で無くなっちゃいました。

普段はあんまり飲食せずに映画を観るのですが、せっかくの孤独のグルメなんだから食べながら観ようと思って……ポップコーンを片手にスクリーンに向き合ってみましたけど――ペース配分失敗。無念。

出てくる料理、それを食べる井之頭五郎の表情。モノローグ、音楽……全てが最高です。
自分の周囲では楽曲について触れる人はあんまりいないのですが、個人的には「ドラマ版 孤独のグルメ」はこの楽曲の力がかなり強いと思っていて、シーンのテンポ感やワクワク感を上手く乗せてくれるんですよ。

料理が来るまでのそわそわ・わくわく、料理が出てきた時の驚きや楽しさ・面白さをまるで再現するかのように演出してくれるんです。


本作、わざわざ「劇映画」と題していますが……観る前は『なんで劇場版じゃないんだ?』と誰もが思うはずです。

でも、実際観てみると……かなり舞台劇っぽさがあるんですよ。
前半のフランスのシーンは最初、グリーンバックで合成かなー? と思う画作りだったのが、カットが変わっていくにつれて次第に「本当にフランスにいる!」と思える映像に変化するのが、もう既に面白くてヤバいんです。

定期的に挟まる「軌跡のようなカット」が吹き出すほど面白いんです。
ギャグとコミカル、それをたった1つの要素を画面に入れるだけでこんなに『劇っぽさ』が演出できるんだな……! と感激しました。
多分、ただ観てるだけでは何も感じないと思うかもしれません。ですが、それをカメラのフレームに収め、スクリーンに反映することを意識してやったのだったとしたら……これをやろうとした、撮影したカメラマンはマジで天才ですよ。ホントに凄い。


あとは超個人的な意見、感覚の話なんですけど。
僕は邦画というものを、あまり面白いと思ったことが無いんですよ。
もちろん、邦画で面白い作品はいくつもあるのはわかりますし、面白い! と評価した作品はあります。

しかし、邦画仕草といいますか……定点で長回しのカットとか、無駄に俳優を正面から撮って号泣や絶叫みたいなあからさまな表情を見せる……みたいなの、面白いとは思わないんです。
ビジュアルというか、映像や画作りで見せてくる構図感というパワーがそもそも感じられなのですが……

本作が「劇(っぽい)映画」として観ると、あら不思議。邦画仕草のあれやこれやが途端に舞台の演出のように効果を示すのです。
長回しのカットでも、あまりイラっとしないですし、これは映画の形態をした劇であるという視点で見ると、随所に見られる工夫や表現がまさに『劇映画』という題に相応しい映像になっているんですね、これが。


本作はこれまでの「孤独のグルメ」とは違い、〈井之頭五郎〉に明確な目的があることによって、物語の性質が大きく変わりました。
そもそも「ドラマ版 孤独のグルメ」は見知らぬ地で彷徨い、そこで名店と出会う――といった、目的意識とは無縁なわけですね。
ですから、どこに行っても「あのスープ」が頭の片隅にある中で料理を味わうことになります。

原作版の方では、井之頭五郎の仕事ぶりを見ることはできませんが、ドラマ版は前振りとして仕事シーンが用意されています。
そこでの井之頭五郎というビジネスマンは決して、やり手というわけではないんですよ。
あの年齢になっても失敗するし、悪質な客と揉めたりもします。

それでも、井之頭五郎は誠実さと思いやりを武器にビジネスマンとして戦い抜いてきたんですね。
本作はただオッサンが飯を食うという話ではなく、素直で誠実で、だけど不器用な社会人がその誠実さと優しさを……「愛」を繋いでいく――という物語でした。

これはドラマ版を通して、ビジネスマンとしての井之頭五郎をずっと出してきたからこそ、納得できるものだったと思うんです。
これが急に「井之頭五郎に頼めば、大丈夫」みたいな信頼感を出すのは不可能なんですよ。

ドラマをシーズン10までやり抜いたからこそ、〈井之頭五郎〉の人柄の良さや愚直なまでの誠実さ、それと同じだけの不器用さ、それをスクリーンの中に描き出せたのだと僕は考えているんです。

それを繋いでいく……どういう話かは、是非とも観て頂きたいところです。



缶コーヒーのCMで『世界は誰かの仕事でできている』というキャッチコピーがありました。
これはまさに、本作で伝えたいメッセージだと思うんです。

輸入雑貨商は顧客が欲しいモノを探し出し、飲食店は安心して楽しく食事できる場所と料理を提供する。
僕ら作家は面白い作品を書き、書店は書籍や雑誌を読者である消費者に届ける。

みんな、『良い仕事』をしたいはずなんですよ。
でも、色んな理由でそれができない、できなかった――そういった人もいます。

日本に限らず、コロナウィルスは世界を一変させました。
たくさんの人がその影響を受け、亡くなられた方もいます。
そうした中で『良い仕事』が続けられなくなった、諦めることになった、本当に悲しいことです。


誰もが『良い仕事』をするために働いているはずなんです。
その『良い仕事』というのは、本質的には誠実さや謙虚さ、根本的な『愛』と呼べるものなはずだと思っています。

『愛は地球を救う』なんて、詐欺スケールな話はしません。
だけど、『良い仕事』というのは繋がっていくのです。それが誰かの背中を押したり、問題を解決したり、希望を作り出したりできるはず。

「劇映画[孤独のグルメ]」は社会人全員に、日本人全員に観てもらいたい最高の映画でした。
『ついで』で頼まれた仕事を、バカが付くほど真面目にこなすおっさんの姿に笑い、感動し、ほっこりすることでしょう。



『劇映画』と題していますが、フォーマット的には「旅映画」だと思っています。
この系統で有名なのはアクション映画「ボーンシリーズ」、マット・デイモンと行く世界旅行……(行く先々で死屍累々だけど)みたいなノリです。

元々、ドラマ版孤独のグルメが「旅モノ」感を出していますが、ほとんどが関東圏なので、言うほど旅しているか? という感じになりますね。
でも、飲食店を探すドキドキワクワクな体験はまさに旅、食という営みを純粋に楽しもうとする求道者の巡礼のような趣ではありますが……

本作は楽曲の多様さや構図・画作り、本格的な旅モノ映画としても完成度が高いです。
そもそも旅モノ(アクション映画だけど)映画は、基本的に目的があるからこそ成り立つんですよね。

その旅の先々で優しさと愛で縁を繋ぎ、巡り巡っていく……
ドラマチック、とは言いません。
でも、劇中のそれはリアリティのある重みがあり、確実にスクリーンの中へとこちらを引き込んできます。

序~中盤までは、ドラマ版がちょっと豪華になったな、年末SPを劇場で上映しているだけか? みたいな感覚になりますが、あるシーンから一気に『映画』としての顔を出してきます。
暴力的なまでの音、映像、不安を掻き立てるシーンに背筋が凍るはずです。


いやね、ホントに井之頭五郎は不器用でユニークなヤツだなぁと思わされるんですね。

予告編にもあった「砂浜」のシーンのくだりは、これが『マスターキートン』だったら絶対にやらないだろ! を全部やるというオモシロムーブをかます井之頭五郎に「そらみろ、やっぱりな!」と吹き出すことになるはずです。
ちなみに、僕の予想は外れました。

砂浜だからカツオノエボシでも食ったんだろ、という深読みし過ぎましたねw


物語がドライブしていく、状況が加速していく感覚というのがわかりやすく映像になっていたように思います。
それが井之頭五郎の活躍で、ということではなく。旅の中で出会った人達との縁や優しさ、愛によるものというのが最高に良いんです。

きっと、ちゃんと社会人として働いている人たちは本作を見終わる頃には背筋がシャキッとしているはずです。
なので、「良い仕事」をしていきましょう。みんなで!!




そろそろお腹が減ってきましたね。
焼き鳥屋に入って、生ピーマンとつくね串、あとは麦ジュースで乾杯しましょう!


\腹が……減った/


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柏沢蒼海(地方書店公式出版社 ミケーネ文庫)色々兼任
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