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番外編 西口淳 という男

俺の永遠の憧れ、西口先輩を知ってる限りの西口先輩になりきって書いてみたいと思う。

名前は西口淳(仮名)
4個離れた兄貴と、母ちゃん父ちゃん婆ちゃんの5人暮らしだ。
爺ちゃんは生まれてすぐに亡くしている。

よくある一般的な家庭に育った俺は特に取り柄もなく幼少期は過ごした。
ただ、親からすれば幼少期が1番手がかかったらしい。

確かに、幼少期の俺は友達に怪我をさせては母親と友達の家に謝りに行っていた。
幼稚園でも先生の言う事を聞かずに暴れていたとよく母親から聞かされた。

小学生に上がってからが1番酷かったと思う。
よく、1番悪かった時期っていつ?とか話があるが間違いなく小学生だと思う。
悪いにも色々あるが、とにかく毎日周りを受け付けずに暴力を振るっていた。
ただ、いじめっ子ではない。
特にいじめられっ子に集中して暴力と言うよりは誰にでも振るっていたからだ。
何がそうさせていたのかは分からないが、何をしても退屈で仕方なかった。

そんな時、小学5年の時に唯一暴力を暴力でやり返してくる奴がいた。
和也(仮名)だ。

毎日、お互いどこかに怪我を負うくらいの喧嘩をしていた。
ただ、悪い気はしなかった。
と、言うか自分に立ち向かって来る奴が和也しかいなかったからいつの間にか喧嘩をする遊び相手になっていた。

和也も周りとうまくやるタイプではなかったが、自分から誰かを傷つけたりするタイプではなく凄くクールな奴だった。

いつの日か親友になっていた。

和也だけが信頼出来る友達だった。

それでも俺の暴走は止まらずに周りには強くあたっていた。
そんな時にやり過ぎるのを止めてくれたのも和也だった。

和也と出会ってから考え方が変わったなんて言えないけど、徐々に何かブレーキみたいなものは踏める様になったと思う。

それでも学校はつまらなかった。

そんな時、中学生の先輩と遊ぶ事が多かった俺は先輩の家に遊びに行っていた。
その時によく先輩の家で流れていた音楽が COBRA だ。
日本のoi punkバンドでよく聴かされた。
気付けばpunkの虜になっていた。
何をしても退屈と思っていた当時にこのpunkとの出会いは凄く自分にとってでかいものになった。

先輩に東京に連れられて、レコード屋で親から盗んだお金でレコードを買った事もある。
やってる事は最低だが、熱中出来る物に出会えたのは本当に良かった。

中学に上がったと同時に先輩とバンドを組んでライブに出るようになっていた。
和也もよく見に来てくれていた。

貯めたお金で初めてドクターマーチンってブーツを買ったのもこの頃だ。

中学に上がってからは自分で言うのも変だが穏やかな性格になっていた。
周りはビックリしたと思う。
元々、気象の荒い性格ではなかった。
ただ、頑固な性格で自分で作った負の状況や周りからの辛辣な目線を認める事が出来ずにここまで来てしまった。

それでも人を傷つける事は無くなったが、改心した訳でもない。
和也と暴走族にも入った。

先輩にバイクの乗り方を教えてもらって、安く譲ってもらったバイクで夜の町をよく暴走した。

ただ、他の奴と違うのは勉強は小学生の頃からそこそこ成績は良かった。
ライブに暴走族と色々やりたい放題ではあったが成績に問題はなかった。

暴走族と言ってもそこまで喧嘩などはしない。
とにかくバイクを改造して夜に暴走するのが楽しかった。

そんな感じで、音楽での仲間や学校での仲間、族での仲間。
本当に沢山知り合いが増えた。

そして、和也とは違う学校にはなったが高校受験も無事に受かってそこそこ偏差値も高い高校に入った。

それでも暴走族はやめてなかった。

そんなある日、夜中に家の電話が鳴り出ると族の先輩が泣きながら電話してきた。

和也が死んだ

何を言ってるのかすぐには理解出来なかった。

先輩は言う。
ヤクザから何かしらの理由でバイクで逃げていた和也がカーブを曲がりきれずに事故を起こして亡くなったらしい。

全く信じられなかった。

葬式、お通夜、火葬
全て終えたが信じられなかったし実感がわかなかった。

暴走族はこれを機に引退。
そして、高校も辞めていた。

前の様に荒れた様な事はしなかったが、高校に入った年から2年間は何となくで生きていた。
バイトをしてバンドをして特に目標もなく時だけが過ぎていった。

和也を亡くしたのは右腕をなくしたかの様な感覚だった。

そんな時、仲間と遊んでいた時の事だった。

仲間が言った。

来年で高校最後かぁ
何かめちゃくちゃ早いんだけど

そうか、周りは来年で高校を卒業するのか。。。
何か突っかかっていた物が取れた感じがした。
今まで全て何となくやってきていた物は親を巻き込んでの事だった。

幼少期に何度母ちゃんに頭を下げさせていたか、暴走族に入った事など親に話す訳もないが中学でバイクに乗った先輩が迎えに来た後ろに乗って夜中に出かける俺をどんなに心配した事だろうか。
唯一、親が喜んでくれたのが高校受験に合格して高校生になった時だった。

正直、高校など行っても行かなくてもいいがどっちでもいいなら高校くらいは出ておくべきだ。

そして、2年遅れて以前の高校とは比べ物にならないくらいの偏差値の低さの高校だが入る事にした。

ただ、少し決意を持って入った。
後輩は得意じゃない俺が2個下の奴らと高校生活を過ごす訳だ。
どうせ入るなら色々変えなきゃならない。
この時は親にこのくらいの恩返しと思っていた。
とにかくプライドなんて捨てて再スタートだ。

そして高校生活が始まった。

この話の続きはまたの機会にしたいと思う。


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