江戸川乱歩の『立身膝栗毛』
『貼雑年譜(はりまぜねんぷ)』という書籍がある。
これは、江戸川乱歩が自身のことを書いている記事などを自分でまとめた
スクラップブックであるが、以前それを復刻したものが発売された。
これらの経緯は、南陀楼綾繁氏の『蒐める人』に詳しい。
南陀楼綾繁氏氏のインタビュー対談集の『編む人』と『蒐める人』は傑作である。
この本に出てくる人物は基本的に誰もが識る大人物ではない。けれども、非常に博学で、本を愛する人が出てきていて、その方々の話は勉強になる。
『貼雑年譜』は復刻の際に、本物を再現する上での紙の選定など途方も無い労苦により完成した作品であり、限定200部の、予約が定数に達しないと制作されないという、1冊300,000円もする高価な本だった。
このような、ウルトラに高額なマニアが唸る本というのは、誕生までの過程を識るのも楽しいものだ。
江戸川乱歩は変態であるが、その変態が大好きな本に、『立身膝栗毛』という作品があって、おそらく、もはや、日本でも数千人くらいしか識らない本ではないだろうか。
押川春浪の本である。今は、もう顧みられない、昔の冒険小説、SF小説家だ。
無論、今作は私も読んだことがないが、古書でも手に入らないし、国会図書館のデータベースで読むしかない。
然し、字が潰れているので読むのにも苦労するだろう。
この本を、江戸川乱歩は少年の頃に読んでその幻想性、怪奇性にときめき、幾日も虜になっていたそうだ。
誰もが識らない物語に、文豪が恋していた。この本は、魔城や怪しげな美女なども出てくる物語だと聞いているが、どのような幻想譚なのだろうか。
新しい物語を書くことも大切だが、過去を掘り起こすことも大切である。
誰もが読んでいる谷崎や川端、三島や太宰、そんなものよりも、消えてしまった美しい話、心躍る冒険譚、それらを掘り起こすことが。