新卒1年で退職。南の国フィジーへ
フィジーに来てもう3年以上は経つのでしょうか。
初めてこの国に来たのは英語留学がきっかけでした。
現在はフィジーのローカル観光会社でツアーガイドをしております。
コロナで国境は閉鎖。
観光客もいないというか来れない状態なので、寂しい毎日です。
大学を卒業後 福祉用具の営業職へ
福祉用具の営業をしていましたが、ノルマというものに耐え切れず1年働いてストレスで胃腸炎になり退職。新卒でした。
だいたい福祉用具でノルマを課せられてもおじいさんおばあさんが必要な時にしか用具は必要ないのだから、たくみな営業トークでばんばん売れるっていうのはないわけです。
言い方は悪いですが、おじいさんおばあさんが具合が悪くなり用具が必要になれば、私の出番でありノルマの達成に近づくのです。
良いようで悪い。
仕事が嫌すぎて内容はあまり覚えていませんが、とにかく電動ベットが重たかった。
車に積むのも一苦労。車から降ろすのも一苦労。おじいさんおばあさんの家の中まで運ぶのも一苦労。
この時は京都に住んでいましたので、京都の道は狭くて一通が多い。運転も一苦労しました。
とにかく福祉用具は重たかった。
それを一人で運ぶのだからほんとうに大変でした。
電動ベットの依頼が入ったときはもう。
それを階段無しの団地の3階に運ぶとかなったらもう。
夏は汗だくでした。
肩こりがひどくて両手を頭の上でパンってタッチできなかったのを覚えています。
今から考えると、週休1日だった気がするのですが(日曜日)、日曜日の午後からもう元気が無くなってきて(月曜日からまた仕事のため)
今考えたら辞めて本当に良かった!
反動で英語留学
辞めた反動で、今で我慢して(やる気力と時間と暇がなかった)いたことをやろう!ということで、洋画を見まくってました。
もうあの会社に一生行かなくていいという解放感は最高でした。
今でも忘れられない!
それで、英語話せるってかっこいい、、、英語話す人たちの表現ってストレートでロマンティック(今思えば国によるか)、、、と思いはじめ
私も話せるようになりたい。(3歳の頃から英語教室に通っていたため発音だけきれいだった)
と思い出し、でもアメリカやイギリスとかのばりばりな留学はちょっと自信がないということで
フィジーへ。(フィジーに失礼)
フィジーが居心地よくなってしまい、学生ビザでお勉強していたのが、就労ビザでお仕事をするようになりました。
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