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武甲山の歴史、民俗、郷土史

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武甲山の麓先祖代々旧家の生まれ。父から受け継いだ語りも交えて武甲山の歴史や横瀬の郷土史、伝説などを伝えていきます。(担当:なな)in東北
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#武甲山

【横瀬】武甲山麓 思索の森を歩く①(宇根天狗様~奥宇根まで)

横瀬町は武甲山を囲むように、猿田彦神3社、愛宕神2社、天王様1社の計6社を祀る。その道を「思…

彫刻が素晴らしい八坂神社の天王様は「尾張」がルーツ

毎年4月は天王様のお祭りがあり、山車が練り歩く。(宇根地区のみ) 昔は、火消しの望楼があ…

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秩父夜祭考察②「神話の世界」武甲山は荒川の銀河と結ばれる

秩父神社と武甲山の間にある「御旅所(おたびしょ)」。 そこは「亀石」がある所。(妙見の亀…

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秩父夜祭考察①ミシャグジ(大宮郷の秩父妙見)

武甲山に妙見さんが降りてくるという祭。 決まって12月3日。 妙見とは、亀ですが実態が不明…

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【根古屋】大量の神々の石碑がある古御嶽城跡③根古屋の言い伝えとまとめ

根古屋の言い伝え集 ・古御嶽神社に国心行者と佐野正雄の石碑あり。熱心な御嶽行者。 ・鉢山…

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【根古屋】大量の神々の石碑がある古御嶽城跡①

10年くらい前になると思う。横瀬町の東、根古屋に古御嶽城跡がある。 古御嶽山頂に城があった…

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武甲山のヤマトタケルと謎の神代文字

武甲山の山名由来は『武州秩父郡武甲山蔵王権現記』によると、 「夫れより相模国に至り又、武蔵を巡りて太子自ら此嶽に登る。 ~且つ山の形勢を視るにぎぎとして威厳有もあたかも雄武に以て 甲冑を帯ぶるの形勢なり及って武甲山と名づく。」 ヤマトタケルが甲を置いたので武甲山と名付けたことは、 子どもの頃から山名由来でよく知っていた。 ヤマトタケルは、大碓命(おおうすのみこと)、小碓命(おうすのみこと)とよび、双子とされる事もある? ※大小を兼ねる名(兄弟など)伝説に多い。 そのヤマ

武甲山様、武甲山様。と、唱えると・・

武甲山に関する伝説の中、最も注目すべきは蛇・龍にまつわる物語。 「広報よこぜ(昭和年代)…

徳川家康と武甲山

横瀬郷(よこぜごう)は、歴応3年(1340年)『安保文書(あんぼぶんしょ)』に「秩父郡横…

武甲山信仰②猿田彦命と鮎の国津神

日本列島は、世界一のアユの産地といわれ、流れの速い河川が存在することで日本の自然環境がア…

武甲山信仰①武甲山を囲む猿田彦命

宇根の氏神は、猿田彦神を祀っている。 山に囲まれている秩父になぜ海の神が祀られているのだ…

武甲山山頂遺跡の古銭と磐座信仰

広報よこぜ(昭和53年7月) ※埼玉県文化財保護審議会員の調査より。 武甲山山頂にある御…

武甲山の犬神様

武甲山が「犬神様」とよばれていたことを思い出す。 小学生の頃、白いセメントの山肌がいろん…

武甲山の雨乞い岩

■武甲山の雨乞い岩の歌 ♪「武甲山の大前に 雨だんべえ龍王なあ 長の日照りにそのために 五穀の種子も尽きる故 武甲山の神々へ氏子が集まり御願ひ」♪ 雨乞い岩が生まれた背景には、ジジババ石や長者屋敷物語など、 飢饉により襲われた村の苦悩があった。 水について知るための2つの特徴は、 「信仰としての祈り」と「祈りの道具」である。 信仰としての秩父夜祭、祈りの道具としての雨乞い儀式。 古来、大地の治療法として水は音に共鳴すると考えられてきた。 それを知る術が、まだ、残されてい