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精強な部隊(組織)の作り方①: 古代ローマ軍の訓練

 ある日、綱引きの大会で華奢な女性チームが屈強そうな男性チームに見事に勝利する瞬間を目撃し、大きな衝撃と感動を得た。おそらく誰もが男性チームが勝利するであろうと思っていたに違いない。最初は男性チームに押されがちであり、全員が体重を後ろにかけ、両足に力をいれて踏ん張っている。ところが、リーダーのかけ声とともに、「ワッショイ」「ワッショイ」と一致団結してじりじり綱を引き、最後には勝ってしまったのである。一人一人の力は比べるべくもない。しかし、歴戦の女性チームは組織力でまとまりの無い男性チームを凌駕していた。日頃、訓練を積み重ねていたであろう女性チームはチームワークに優れ、ここぞと言うときに最大限の力が発揮されていたのである。 

古来、精強な部隊には「訓練精到」にして、「団結強固」「規律厳正」「士気旺盛」と言われている。これは軍隊では無くてもあらゆる組織に共通と言われている。これ以外にも、リーダーシップ・フォロワーシップ、戦略・作戦・戦術・戦闘、編成・装備、人事・情報・兵站・通信等も強さには当然関係があろう。

しかし、訓練を通じて、団結・規律・士気が高くなった部隊ほど強い部隊・組織は無い。一般社会にも福利厚生や風通しの良さにより団結・規律・士気が高い組織はあろう。しかし、それだけでは真に強い組織(部隊)とは言えないのである。阪神淡路大震災や東日本大震災で自衛隊が他の組織に追随を許さない活躍をした要因の一つに有事を念頭に置いた実戦的な訓練がある。

全ての生物の最も基本的本能は生きることであり、死は最も避けなければならない恐ろしいことである。しかし、本当の訓練を通じて、人は生死を乗り越えてその責務を果たすことの重要性を理解する。これにより、どんな過酷な状況においても部隊本来の任務・使命を果たす指揮官を核心とした死をも恐れない真に精強な部隊となるのである。しかし、真に精強な部隊となることは任務や使命を果たすためにいたずらに大切な命を消耗することではない。過酷な状況では全員が生き残ることが任務や使命達成とって最も重要なことであることに気付き、かつ、全員がそれぞれの地位・役割に応じて正しく実践できた結果、部隊の任務や使命が達成できると同時に、隊員が生き残れるのである。

 ところで、約2000年前に当時の世界の覇権を得たローマ帝国には世界一の軍や兵士の存在があったと言われている。ローマ人は、「軍隊」も「訓練」もおなじく「エクセルキトゥス」と称していた。すなわち、ラテン語でいう「軍隊」とは、同時に「訓練」を意味する言葉でもあり、また、「訓練」は「軍隊」を意味していた。「エクセルキトゥス」と言う言葉は英語の「エクササイズ」の語源でもあるのだが、単に鍛えるだけでなく、「常に鍛える」という含みがあったと言う。

 

 ローマの軍隊が伝統的に如何に訓練を重視していたかについては、『ローマ帝国衰亡史』を著したエドワード・ギボンも次のように伝えている。

 「習熟した技量のない、単なる蛮勇だけの奮闘が如何に無意味であるか、このことをローマ人がよく認識していたことは、ラテン語で言う「軍隊」が「訓練」を意味する単語に由来していることからみても分かる。そしてその通り、正に不断の軍事訓練こそ、ローマ軍紀の要諦であった。

 新兵や若年の兵士は、終日訓練にあけくれた。いや、古参兵についても例外ではない。いかなる荒天であろうと、訓練が中断されることのないよう、冬営地には大きな兵舎が設けられ、また、模擬戦の武器の重さを実戦のときの二倍にするなど、周到な配慮がなされていて、誰もが年齢や技能に関係なく、既に習熟したものを、なおも日々反復しなければならなかった。」

 一層注目すべきは、軍団兵の間で「マリウスのロバ」と呼ばれていた装備についてだろう。その装備とは、兵士たちが食糧や食器を始め、鍬(くわ)、斧(おの)、鋸(のこぎり)といった建築工事用の道具まで、総重量が約40キログラムほどの荷物を、背嚢(はいのう)として背負っていたことを指している。

 敵に狙われやすい兵站線をできるだけ短くするため、従来なら輸送の一部であったものを兵士に携行させるという、この画期的なやり方は、あの独裁者マリウスの発案であった。「マリウスのロバ」という言葉はこれに由来する。

 そしてそうした重い荷物を背負いながら、軍団兵は連日行軍し、緊急時にはただちに強行軍に入り、さらに緊迫した事態では、長い距離でも、それを昼夜兼行で踏破していたのである。精強たること、この上ない。正に現代の空挺レンジャーのようである。

 

 実戦的訓練を全員が常に行うと同時に、あらゆる活動を実戦のための訓練としていたローマ軍。ローマ帝国の統治能力が低下するとともに、ローマ軍の訓練が形式的となり、それすら行われなくなったことがローマ帝国の衰退を招いた一つの原因でもあろう。

 「兵を百年養うは一日のため」という言葉がある。平素、軍隊を百年維持し続けるのは、一日の有事のためであるとの意である。これは裏を返せば、単に軍隊を百年維持しておくのみならず、百年かけて一日のために強い軍隊に育て上げるとの含みがある。軍隊のみならず、百年を超える組織には人を育て、強い組織を作り上げる文化と強い意志がある。 

(参考:ユリウス・カエサル著 新訳「ガリア戦記」、写真:ウィキペディア)

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