大人は口にテープでもはって

乳幼児に大切なことは、その時期の発達の姿を親も、愛の心で見守ること、探索活動をとめないこと、道徳以前のこと(生理等)で叱らないこと、大人は口にテープでも張って、そうすれば子どもはみんな情緒が安定して、機嫌よく育つものだ。
(私の大地保育/塩川豊子/大地教育出版)
※版権者の許可を得て引用しています。

この一文は、「第三章 エッセイ>1 教育の森「教室の窓から」より>四 二つの心配事」から引用した。
調べてみると、かつて『月刊教育の森』という雑誌があり、塩川豊子さんはそこに「教室の窓から」というエッセイを連載していたらしい。
原本は、豊子さんの孫である私の妻の手元にもなく、国立国会図書館のデータベースで索引が確認できるのみだ。

この「二つの心配事」というエッセイは、1981年4月号に掲載されている。
冒頭で引用した文章は、次の記述から続いたものだ。

今、大きな心配事が二つある。
一つは、青少年の反社会的現象の原因に、幼稚園のしつけの問題が挙げられることである。そのことは間違いないかも知れないが、全く逆に取り沙汰されていることが多い。例えば、裸でいるから大人になって露出症になるのでは、とか、かんしゃく起こして暴れることが将来の家庭内暴力につながるのでは、だから押さえるところは押さえなければならぬ、という論法である。

豊子さんは、子どもの成長・発達に伴う自然な欲求や探求心、自己主張や発散を受容し見守ることが自己抑制力を育み、実行機能を高めると主張している。
大人の勝手な価値観で、一方的に都合のよい型にはめるような、「しつけ」の名を借りた矯正まがいの行為は、まったくの逆効果だと断じている。
また、年齢に応じた健全な反抗期が訪れない子どもたちを前に、その背景にある抑圧を想像して、深く嘆いてもいる。

今から40年前、「校内暴力」がトレンドワードだった時代に、子どもの主体性を尊重する保育・幼児教育がやり玉に挙げられたことがあったのだ。
今また、学級崩壊の原因だと非難する層が存在することを、豊子さんが知ったら何というのだろうか。

きっと「大人は口にテープでも張って(原文ママ)」とは、子どもと直接関わる保護者・保育者・教育者だけに向けられた言葉ではなかったのだろう。
抑圧や支配的な関わりを、教育やしつけとはき違えた大人たち全てに「黙れ!!!」と言いたかったのだと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?