「店内ご利用ですか？」

「店内ご利用ですか？」と訊かれるたびに、ああまた負けてしまったと私は思ってしまう。

最近の私のハマっていることの一つに、「完璧な注文をする」というものがある。元々完璧主義に近しい性分であるので、あらゆることを隙なくこなしていきたいと日頃から思うのだが、それは例えば仕事や学業に限らず、日常生活においてもその射程は広がっている。そして大体のことを概ね完璧にこなすことが出来ている（と思っている）のだが、その中でもとりわけ難しいものがカフェでの注文。以下はその一例を抜粋。

「いらっしゃいませ」
「えっと、アイスココアのSサイズ」
「アイスココアSサイズがおひとつ」
「はい。あと、そのベイクドチーズケーキを一つ」
「ベイクドチーズケーキがおひとつ」
「はい。以上です」

大体の時私はこの「以上です」を言うことによって、「私から伝えることはもうおしまいだ」と意思表示をする。つまり、「以上です」になるまでの「アイスココアSサイズ」「ベイクドチーズケーキ」というくだりで、店員さんがお客に求めている情報を全て曝け出し、もうないだろうと思ったところで「以上です」とターンエンドするのだ。ところが。

「店内ご利用ですか？」
「あっ………はい、店内です」

大体、この応答が「以上です」の後に続くのだ。つまり、店員さんはお客の注文を了解はしたが、まだ店員側には必要な情報が残っていたということである。ここでは「お客様は店内で食べるのか、それとも持ち帰りなのか」ということになるが、私からすれば普通その場で食べてしまうことが多いから、それを当然知ったものだろうと思ってしまう。スタバはともかく、ベックスコーヒーやエクセルシオールなどで何を持ち帰ればよいというのか。加えてこんなやりとりがおまけでついてくることもある。

「お支払いは現金ですか？」
「…はい、現金です」

私はクレジットカードを持っていないし、Suicaは基本的に鉄道駅でしか使うことがない。PayPayはあるが残高は50円を切っているし、要するに選択肢は現金一択なのである。しかも「以上です」を言い終わる時点で、完璧主義の私は既に財布を右手に抱え、会計を待っている状態が多い。そこまで来ているのに現金以外、何で支払おうというのだろうか。さらに昼時のスタバに行くと、こんなことまで老婆心ながら尋ねてくる（尋ねて下さる）店員さんもいる。

「店内ご利用ですか？」
「（ああ、負けた）はいそうです」
「お席の確保は大丈夫でしょうか？」
「………」

確かにその混雑具合は店内に入る前から承知の上だ。その上でまあ注文した後でもとれるだろうなと思って、席をとらないで今キャラメルフラペチーノを注文したのだ。不安を煽られてしまい、ちょっと、どきっとする。

しかし、私は大丈夫だろうと思っていても、その店員さんとしては「これはちょっととれないんじゃないか？大丈夫だろうか」と心配する程度の混雑具合だったということだ。「お席の確保は…」という一言は、その店員さん独自のフィルターを通して発せられたものであり、それは私のフィルターやセンサーには引っ掛からない。或いは支払いの話でも、私の中には現金しか選択肢がないが、その店員さんの頭の中には現金やクレジットカード、Suica、Nanacoなど多くの種類があったのだろう。しかもその選択肢の中にPayPayがあるとは限らない。途端に「PayPayで」と言って、店員さんは「何だそれは」と驚いてしまうかもしれない。
無論「店内で」のくだりもその例に漏れない。私の中にある普通、つまり店内で食べるという常識が、レジの向かいにいる店員さんの常識にあてはまるとは限らないし、もしかしたら店員さんは「お客は皆オンライン決済だろう」と思って、財布から千円札を取り出す私に驚くかもしれない。当たり前のことではあるが、自分の中にある常識は他人にとっての非常識かもしれないし、そもそも認識しえない事象かもしれない。「当たり前」という潜在性によって再び蔑ろにされうるその「常識」を、果たしてどのくらいの人々が自覚しているだろうか。

　東京にカフェはいくらでもある。そのいくらでもあるカフェや、それ以外にも「お客と店員」というフィールドが展開される場所の中で、日々お客と店員の常識の擦り合わせが行われている。私もその構成員の一人。

次、カフェにいったらどんな注文をしようか。

「いらっしゃいませ」
「えっと、アイスコーヒーのSサイズを一つで、ストローを一本お願いします。そしてレモンパウンドケーキを一つ、そしてフォークを一つお願いします。アイスコーヒーの砂糖やミルクはなしで結構です。この二つをトレーに乗せてご用意頂けますか？そしてそれを店内の禁煙スペースで頂くことにします。混雑具合からして、この後商品を頂いた後でも席はとれると思いますので、事前に確保しておく必要はないかと思います。支払いは現金で行います。ポイントカード等は一切ございません。以上です、他に何かございますか？」

　これじゃ、日々カフェに行くのが億劫になりそうだ。