Oportunidad apropiada
――僕はここで何が出来るのだろうか?
色々な出来事の連続に、こんなことを考えるタイミングが増えてきている。
トトトト……トトトト……という小気味良い足音が思考を加速させていく。
「……さん!タチバナさんっ!」
ハッとして目をやると先程の足音の主であろうダンボール――ダンボール?――が立っていた。
「これをお願いします!」
元気な声とともにダンボール裏から和泉童子がひょこっと顔を出す。
「お疲れですか?そんな時はおいしいものを食べると元気が出ますよ!」
元気に心配してくれる姿に久方ぶりに笑みがこぼれ、微笑みながらお礼を返し、気合を入れてまた仕事に戻る。
二度の大規模な襲撃、身近な者の死、裏切り、そして去っていった同僚たち。様々な出来事が一斉に降りかかり、自分の中のキャパシティは限界を迎えていた。
息の詰まる庁舎内から逃げるように屋上へと向かい、パイプ椅子に腰掛け思案に耽る。
いつか大規模な事件が起きたときには、先輩たちの様に自分も前線に出てサポートが出来るのでは無いかと思っていたのだが、初めての襲撃時にその幻想は打ち破られてしまった。
過去のトラウマが蘇り、手は震え吐き気を催していくのを日常業務に没頭することでなんとか頭の隅に追いやって、どうにか笑顔の仮面を張り付ける生活をしていた。
後になって思えば作戦のメンバーに選ばれなかったのも、このトラウマや怯えを見破られていたのだろう。
「青年、何か悩んでおるな」
おどけた口調と供に紫煙の匂いが立ち込める、目を上げるとにかっと笑うグレンが立っていた。
「流石にわかりますか?」
苦笑いしながら答える。
「そりゃそんな深刻そうな顔で座ってればな。まあ、なんだ。壁にでも話しかけてると思って言葉にしてみると楽になるかもしれんぞ」
「…そう…かもしれませんね」
ぽつりぽつりと抱えた気持ちを吐露するタチバナに対し、グレンは只相槌を返している。
「凶悪な武力を持った人達と戦う勇気が持てませんでした」
「そうか」
「勇気を出していればもしかしたら先輩を守ることも出来たかもしれないのに」
無言で頷き続きを促す。
「武器を持っただけで強くなったと勘違いしていたんです。それを扱える心がなければいけなかったのに…」
新しい煙草に火をつけながらグレンが答える。
「別に敵と戦う勇気がなくてもいいんじゃねえのか」
「でも…」
「まあ、聞け。なにも武力を持って戦う事が強さの全てじゃないだろ?ここは特殊な場所だから実感し辛いかもしれんがな」
「そうなんでしょうか」
「それに、先輩を守れなかった事を自分の責任みたいに感じてるようだが、裏切りも課員を守れなかった事も全部対策の出来なかった上の責任だからな?自惚れるなよ。」
「…はい」
長い沈黙の後、煙草の煙を大きく吐き出したグレンが再び話し始める。
「時間はあるんだし何をしたいのかをゆっくり考えてみるといいんじゃないいか。今はそんな状況じゃないかもしれんが、本当に危なくなったら逃げるって選択肢もあるにはあるしな。」
「とりあえずは祇園寺さんに任されましたし、落ち着くまでは頑張ってみます。」
「そうだな」
「また話を聞いてもらってもいいですか?」
「コーヒー代くらい出せよ?」
財布を確認しようとして、乾いた笑いが頭上から降ってくる。
「最後におじさんからのアドバイスだ。自分の戦うべき場所は間違えるなよ。」
「ありがとうございます。」
グレンはそれに答えるようにひらひらと手を振って去っていった。
自分の戦うべき場所か…ぽつりと呟いて空を見ると、曇り空はいつの間にか茜色に染まっていた。
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