ふつうのメシの不思議なチカラ
「久しぶりに、まともなメシを食いました」
夕ご飯を食べた後
ふぅ、と安心したように肩で一息つき
ぼそっとつぶやいた少年。
さばの焼いたの
ほうれん草のおしたし
わかめと豆腐の味噌汁
白メシ・・・
何気ない料理を
きれいに食べた少年を見て
それを作った、ぶぶづけやの常連のKさんは
優しいまなざしで、うなずいていた。
「まともなメシ・・・?」
思わず私が聞き返すと
「うん、俺のためだけに、誰かが作ってくれたメシ」
と、はにかみながら答えた。
「たぶん、小学生以来かな・・・かぁさんがいなくなってから
ずっと、こういうメシ食った事なかった」
さかのぼること、数時間前・・・
逃避行を続けた少年から
突然、ぶぶづけやに来たいと連絡があったのは
仕事帰りの金曜日の夕暮れ時・・・
驚いたbubuはすぐに
ぶぶづけやの常連さんであるKさんに相談した。
「ぼくが作るよ。何が食べたいか聞いておいて」
少年にラインで尋ねると
「なんでも、いいっす。
腹くだしてます。でも腹減ってます」
と返事がきた。
それを
かつて、今の少年のようだった
30代のKさんに伝えると、
笑いながら
「分かった。じゃ、ご飯だけ炊いておいて。
あとは、bubuさんちにあるもので作るから。
腹くだしてるんなら、和食だな。
魚がいいと思う。それだけ買っていくよ。
彼もきっと僕のように、魚をきれいに食べるのは
bubuさんより上手だよ。(笑)」
と言った。
Kさんが到着し、
「丁度、スーパーが値引き始めてる時間だった」
と、早速、さばに塩を振り
ほうれん草をゆで始めたところで、
bubuは、少年を車で迎えに行った。
バス停の横で待っていた少年は
真っ白なパーカーにキャップをかぶり、伊達メガネ姿で
2週間近く逃亡生活をしているようには見えなかったが
立ち姿に覇気はなかった。
「すんません・・・」
と、ぺこりと頭を下げて車に乗り込むと
はぁ・・・とシートに沈み込むようにへたり込んだ。
「Kさんが、ごはん作ってくれてるよ」
「すんません・・・」
それきり、車の中では
少年の携帯に入っていた、好きなラップを聞かせてもらったものの
何もお互いに語ることはなかった。
ぶぶづけやに到着すると、台所から
「手、洗っておいで。メシ、できてるから食べよう」
という、Kさんの声が聞こえた。
Kさんは、こういう少年がくると
いつも、どんな料理も小皿に分ける。
「大皿で出したら、食べにくいんだよ。
わかちあう という経験が少ないと
どれだけとっていいかわからないから
手を付けられないんだ。
ホールのケーキが切れないのは
分数ができないからじゃないんだよ」
と、教えてくれたことがある。
その日も、きれいに3人分盛り付けてあった。
Kさんが
「食べにくいものとか、合わないものは
無理に食わなくてもいいから。
食べれるものだけ、食べれるだけくえばいいから・・・」
というと、
少年は、黙ってうなずいた。
そして、
私たち3人は合掌して
「いただきます」と言って食べ始め、
私は、無言の空間を埋めるように
Kさんの好きな
ハッヘルベルのカノンをそっとかけた。
「おかわりは?」
味噌汁の器を見て、Kさんが訪ねると
少年は、うなずいて、お椀を差し出す。
「魚も、おひたしも、まだあるよ」
「まじっすか?じゃ、いただきます」
腹くだしはどこに行った???
私の気持ちを察してか
Kさんが、
まるで見ていたかのように
苦笑いしながら
「公園の水、蛇口から飲んでると、
たまに、腹くだすから、気を付けたほうがいい」
と言った。
照れながらうなずく少年・・・
男子は、幼い子も少年もオトナも
ストレスフルになると、おなかを下しやすくなるのかもしれない。
「まともなメシ」を食した少年は、
今の不安な気持ち、これまでの大人たちへの憤りを
ぽつりぽつりと語りながら、
自分の将来について、少しずつ自分の言葉で表し始めた。
そして、自分の取るべき行動を、自ら決断した。
「作ったごはんを一緒に食べることは、とっても大事なんだ。
言葉とか現金より、心が休まると思う」
修羅場を潜り抜けてきたサバイバーのKさんが作る「ふつうのメシ」は
いつも、
世間に疲れ果てた人に
まっすぐに生きるチカラを蘇らせてくれる
「不思議なメシ」なのです。