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文章置き場:『アスク・ミー・ホワイ』

文庫化されたので再読。
優しさの中に時折ドキッとするような「本質」が散りばめられている本。

「(前略)事実は変わらなくても、解釈でいくらでも事実を上塗りしていくことはできるはずだからさ。過去はね、変えられるはずなんだよ。もしかしたら、未来よりもずっと簡単に」

p72

「よく『仕事と私、どっちが大事なの』みたいな二者択一を迫る人いるよね。あれって、そもそもその質問が間違ってると思うんだよね。そんなのどっちも大切に決まってるじゃん。違和感なく選択肢に上がる時点で両者はほとんど同じ価値なんだよ。(後略)」

p83

今度はぐっと堪えた。どんなに言葉を尽くしても、きっと今の港くんを説得するのは無理だと悟ったからだ。誰かの考えを強制的に変えさせるなんて不可能だと思う。論破は一方的な自己満足に過ぎない。
結局、人は自分で気付くことでしか、考えを改められない。

p127

「(前略)本当は今だってさ、言いたいことはたくさんあるよ。でもね、何か言うと絶対に揚げ足を取ってくる馬鹿共がいる。しかも世間は勝手気ままだからね。あいつらは、何かが起こると烈火のごとく誰かを糾弾するくせに、すぐにそのこと自体を忘れていくんだ。そんなに正義を掲げるんだったら、一生、その正義を追求し続けろよと思うんだけどね」

p177

「悪い予感ばかりが当たるのは、そもそも未来に期待してないからだよ。昔はきっと嫌なことばかり考えたんじゃないの」

p197

「本当に小さくてもいいから、いいことばかりを思い浮かべてみなよ。百個、願い事をしたら一つや二つは叶うでしょ。あのね、夢を叶えることと同じくらい、願った夢を忘れないことも大事だと思うんだよ。本当はもう夢が叶っているのに、その夢のことを忘れている人も多いんじゃないのかな」

p198

ゆっくりと階段を降りながら、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「僕もよく失敗してきました。他人に対して『なんでわかってくれないの』って思っちゃうんですけど、本当は期待ってのは傲慢な感情なんですよね。お姫様じゃないんだから、察して欲しいなんて思わずに、口に出したほうがいい。難しいけど」

p205

「同じ才能を持っている二人がいたら、勇気があるほうが勝つに決まってるんだよ。だって勇気がない人は、才能を発揮することなく人生を終えていくんだから」
「でも才能があるかどうかなんてわからないじゃないですか」
「わからないよ。でもあるかどうかも動き出さないとわからないじゃん。それってもったいないことだと思わない?(後略)」

p207

誤解とは大前提なのだ。あらゆる関係には、誤解や思い違いやすれ違いが含まれている。その中で、誤解を解こうとする過程にこそ意味があるのではないか。完璧に理解し合うことが無理だとわかりながら、その状態に近付こうとする試行錯誤こそが、誰かと思い合うことなのだと思う。

p240

だからきっと、愛の言葉と言い訳は似ている。わざわざ「好きだよ」と口に出すのは、好きじゃない可能性を否定するため。「ずっと一緒にいたい」と伝えるのは、やがて別れる日が来るのを予感しているから。いつか港くんに長いラブレターを書くことがあったら、きっと言い訳の言葉ばかりが溢れてしまうのだろう。

世界には無数の可能性が潜んでいて、そのどれを選んでも、おおよそ日々はつつがなく続いていく。僕たちが付き合い続けても別れても、明日は間違いなく訪れる。

だからきちんと伝えないといけない。世界に二人だけしかいなければ、伝える必要のない言葉。世界に愛という感情しか存在しないならば、わざわざ口に出すまでもない言葉。世界が永遠に続くのならば、確認するまでもない言葉。

p240-241

古市憲寿、2020、『アスク・ミー・ホワイ』マガジンハウス。

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