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安売りしてた箱を蟲神器のデッキケースにしようとしたら悪の秘密結社と戦うことになった件について【蟲神器ゲート主催 大晦日ブログリレー2023 1日目】

※こちらの記事はブログリレー担当のアマラ先生(@tamazonnnoamara)から寄贈いただいた短編小説になります。


「うーん。良さそうなものが無い」

 サトルは積み上げられた小物の山を崩しながら、しかめっ面で呟いた。
 一つを手に取ってじっと睨みつけ、首を横に振って山へと戻す。
 そんな作業時見た様子を眺めながら、エイスケは退屈そうにあくびを吐く。

「ていうか、お前何探してんだっけ?」

「デッキケース。蟲神器の」

「リサイクルショップで探すなよ、そんなもん」

「北山 サトル」と「南 エイスケ」は、いつものリサイクルショップに来ていた。
 幼馴染で同じ中学に通っている二人は、帰り道が同じということもあって、よく一緒に遊び歩いている。
 このリサイクルショップは、二人が入り浸っている場所の一つであった。
 リサイクルショップ、と言えば聞こえがいいが、今時珍しい個人商店。
 かなり年季の入った老夫婦が営んでいることもあって、清掃は行き届いているものの、かなりアングラな気配漂う、一言さんお断り感満載の店である。
 サトルとエイスケは物心ついた頃から入り浸って居り、すっかり慣れた空間であった。

「なんでデッキケースここで探すんだよ。ダイソーで買えばいいだろ」

「それでもいいんだけどさ。なんか特別感有るヤツが欲しいんだよ」

 サトルは割と変わったことが好きなタイプで、いつも新しいものに手を出すのはサトルの方だった。
 二人の会話に上がっている「蟲神器」を先に始めたのも、サトルの方である。

 蟲神器というのは、最近はやっている昆虫を題材にしたカードゲームだ。
 息吹なる不可思議な力を使い、蟲とともに戦う。
 らしい。
 一般的な中学生である二人には、難しい話はよく分からなかった。
 ついでに言うと、二人は飼育している虫とともに戦う「虫陣戯」ではない。
 カードだけで遊ぶ、「蟲神器」である。
 何しろ学生である二人は、虫を買っていられるほどお小遣いを持っていないのだ。

「贅沢言うなよ。小遣いないだろお前」

「お前だって同じようなもんだろ! っと、おお。なんだコレ」

 大声を出して動いたことで、小物の山が崩れた。
 その中から、一つの木箱が転がり出る。
 いわゆる寄せ木細工が施されたもので、手のひらより少し大きいといったサイズのものだった。

「うおぉ。かっけぇ!」

「寄木細工かぁ。ばぁちゃん、これいくらなの?」

「そこに置いてあるもんはみんな300円だよ!」

「300円かぁー!」

 しばらく悩んだ末、サトルはその寄木細工の箱を買うことにした。

 お会計を済ませ、何時もだべっている近所の公園へ移動。
 そこのベンチに腰かけて、サトルは早速、買ってきたものをいじり始めた。
 何やら熱心に見まわしているサトルの様子に、エイスケは違和感を覚える。

「ていうかサトルお前、それ秘密箱だろ? 開け方わかるのか?」

「いや? 全然?」

「駄目じゃねぇか!」

 寄木細工の箱には、「秘密箱」と呼ばれるものがあった。
 見た目はただの四角い木の塊なのだが、とある手順に従って操作をすると、フタが開くというものである。
 ちょっとした宝物をしまうのに最適、というような工芸品であり、箱根土産などで有名だった。

「いやぁー、前に旅行で言ったことあるじゃん。箱根に」

「あったなぁ」

「あの時に売ってたの、開け方教えてもらったからさぁ。いけるかなぁー、って思ったんだけど」

「ダメな訳か」

「ダメだねぇ。全然あかねぇわ」

「アホだろお前。開けるか確認してから買えよ」

「商品いじくりまわしたらばぁちゃんに悪いだろうが!」

「そんな大事にしてる商品だったら積み上げて置かねぇだろ! 大体お前そんなこと思ってだろうが!」

「いや、行ける気がするんだよ! マジで! 俺ならいける!」

「あーあー。ただでさえ小遣い少ないのに、どうするんだよ。今週、蟲神器カード買えねぇぞ」

「それな」

 サトルのうちは、兄弟姉妹が多い。
 その影響か、比較的お小遣いが少なめなのだ。
 いくら高くはないとはいえ、そんなサトルからすれば蟲神器のブースターパックを買うのも大変なのである。

「弟も蟲神器初めてさぁ。SLみんな譲っちゃってるんだよなぁ。カード共有だから」

「まあ、それはエライよ。うん」

「くそ、こうなったら絶対にこの秘密箱開けてやる!!」

「どういう怒り?」

 謎のやる気を出し始めるサトルに、エイスケは呆れたような声をを上げた。

「あの箱か」

 そんな二人を、見ている者がいた。
 少し離れた路上に止まった、黒塗りの車。
 その運転席に座った黒いスーツの男が、双眼鏡でサトルとエイスケを見ていたのだ。
 男は内ポケットからスマホを取り出すと、素早く操作する。
 数秒の呼び出し音ののち、目的の相手との通話が繋がった。

「私です。見つけました。はい。本当にやるんですか? 別に悪いとは言いませ、いや、やっぱ悪い事ではあるんですが。事情を話して説得するにしてもですね。なんか、突飛っていうか。はい。はぁ」

 黒いスーツの男は、困り切ったように表情を歪めている。
 通話相手に聞こえないように吐かれたため息は、なんとも哀愁を誘うものであった。

 突然、秘密箱の一面がパカリと空いた。

「あ、空いた」

「マジかよ」

 驚いたようにエイスケが言うか、開けた当人はもっとびっくりしていたらしい。
 サトルは結構な表情で、箱本体と、外れた蓋を見比べている。

「ホントに空いてるじゃねぇか。お前、手順おぼえてる?」

「覚えてる。いや、ていうかびっくりして脳に焼き付いたわ」

「こういうの覚えるの得意だもんな。勉強になると全然覚えないのに」

「遊びは別脳なんだよ」

「そんな、甘いものは別腹みたいに。で、何が入ってたんだ?」

「ええっと。えっ! いやこれ、蟲神器カードだ!」

「はぁ?!」

 サトルの言葉に、エイスケは身を乗り出して箱の中を覗き込む。
 掌よりも少し大きな秘密箱の中。
 そこに入っていたのは、確かに蟲神器カードだった。
 ホロ加工をされた、緑色の六コスト。
 特殊能力などは一切なく、唯々高い体力と攻撃力が特徴であり。
 だからこそ唯一無二の強さを発揮するカード。

「オオキバウスバカミキリだ」

「すっげぇ。やっぱかっこいいなぁ!」

 オオキバウスバカミキリ。
 蟲神器の最高レアリティ「レジェンドレア」の中に有って、ただ一枚の特殊能力を持たない、いわゆる「バニラ」と呼ばれる蟲である。
 特別な効果は持たないものの、だからこそ恵まれたスタッツを割り振られており。
 そのため、未だに「切り札」として使う蟲主が多いカードの一枚であった。
 サトルもエイスケも、持っていないカードである。

「きちんとスリーブに入ってるな」

「マジかぁ。えっ、これって触っていいのかな?」

「どうだろうな。一応お前が買った秘密箱の中に入ってたわけだから。お前の? なのか?」

「えー、どうなんだろう。ていうかこのカード、本物なのかな」

「俺も本物なんて遠目でしか見たことないけど。ゴーゴルで画像検索してみるか?」

 言いながら、エイスケはリュックサックからスマホを引っ張り出した。
 カードをカメラ撮影して、画像検索をかけるつもりなのだ。

「便利な時代だよなぁ。蟲神器カードぐらい有名だと、画像検索でパチモンと本物の区別がつくっていうんだから。サトル、カード撮りやすいように持って」

「はいよ」

「ピースすんな、うっとおしい」

「ヒドくない?」

 画像検索の結果は、すぐに出てきた。

「おっ、本物判定だ!」

「すげぇ。蟲神器ゲートってこんなこともできるんだなぁ」

 蟲神器関連で最大王手のサポートサイト、「蟲神器ゲート」。
 デッキ制作からカード検索まで、様々な形で蟲主の蟲神器ライフの充実を手助けしてくれるウェブサイトだ。
 もちろん、カードの画像検索機能もある。
 ちなみにコレはこの「作中世界」の話しであって、実際の「蟲神器ゲート」にはこういった機能は、現在(2023年12月12日)の所実装されていないので、ご注意を。

「ええっと、なになに? たぶん、オオキバブルーです。だって」

「オオキバブルー? オオキバウスバカミキリじゃなくて?」

「ちょっと待て、説明文読むから」

 エイスケは声に出して、説明文を読み上げる。
 そこに書いてあった内容は、大まかに次のようなものだった。

 オオキバブルー。
 理由はよくわかっていないが、他のカードに比べ全体が青みがかった「オオキバウスバカミキリ」のことである。
 能力、性能にほかのカードとの差はなく、いわゆる「エラーカード」として扱われるだが。
 蟲神器もカードゲームである以上、他のTCGと同じく多くの蟲主が珍しいカードを欲しがり、高値で売り買いされることが多かった。
 有名な所有者としては、一部カードのイラストレーションを担当した某イラストレーション集団などがあげられる。

「うっわぁっ! 何だこの取引額! ちょっと見てみろ! こんなオークションですげぇ金額ついてるぞ!」

「エグいわ」

 小遣いが少ない中学生であるサトルとエイスケが思わずドン引きする程度には、現実的にエグイ金額であった。

「えー。これどうすんだよ。交番とかに届ける?」

「元の持ち主さんとか探してんじゃないか? リサイクルショップのばぁちゃんとかに、誰から買ったか聞いてみるか」

「絶対覚えてなさそう」

「あの、すみません。ちょっとよろしいでしょうか」

 深刻な顔で話し合っていると、ふいに声をかけられる。
 二人が声の方を振り向くと、そこに立っていたのは黒スーツの男性だった。
 黒塗りの車に乗っていた、あの人物だ。

「えっ、俺達ですか? えっと、なにか?」

「はい、ちょっと、どこから説明すればいいのか」

 キョトンとした顔をしているサトルとエイスケに対し、黒スーツの男は明らかに困っている様子だった。
 声をかけたほうが動揺しているという不思議な絵面だが、昨今は子供に声をかけただけで通報されるような時代である。
 こういう状況で大人の方が緊張しているというのは、珍しくないのだ。

「とりあえずですね、私はその。お二人が持っている秘密箱の、前所有者の使いでして」

「え? あー! これの?!」

 サトルが持ち上げた秘密箱を見て、黒スーツの男は何度も頷く。

「そうですそうです! って、えっ! その箱空いたんですか!?」

「え? はい。なんか、いじくりまわしてたら開いちゃって。中にカードが入ってたんですけど」

「蟲神器カード。青みがかったオオキバウスバカミキリですね?」

「あ、はい。そうです。知ってるってことは、マジでこれの持ち主の?」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいね。今、当人とつなぎますので」

 そういうと、黒スーツの男はスマホを取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。

「もしもし、私です。はい。今、件の二人と接触してまして。はい」

 そんな様子を前に、サトルとエイスケは顔を見合わせる。

「なに、どういうこと?」

「全然わかんない。まあ、とりあえず一回話し聞こう。なんかその方が速そうだし」

 とりあえず、待ってみることにする。
 黒スーツの男は、今度はタブレットを操作し始めた。

「今、本人とつなぎますので。ビデオ通話なんですが」

「あ、はい。大丈夫です」

「すみません、繋げますね」

 黒服の男が、タブレットの画面をサトルとエイスケに向ける。
 既に通話がつながっていたようで、和服姿の老人が映し出されていた。
 白髭を蓄えた、かなりガタイのいい男性である。

「あ、見えた見えた。ええっと、どうもこんにちは。突然すまんのぉ」

「あ、いえいえ」

「まず自己紹介なんじゃけども。わしは、東 ゼンジュウロウと言う」

「あずま、ぜんじゅうろう。どっかで聞いた。っていうか、どこかで見たような、あっ!」

 はっとした様子で、エイスケが顔をこわばらせる。
 不思議そうな顔をするサトルに、エイスケが慌てた様子で耳打ちをした。

「東さんだよ! ほら、えー、なんていうか、地主の!」

「え? げっ! マジだ!」

 それだけで、サトルもすぐに相手のことを思い出した。
「東 ゼンジュウロウ」老人。
 サトルやエイスケが暮らしている地方都市では有名な人物であり、いわゆる「地元の名士」というやつだった。
 いくつかのホテルなどの観光施設に、テナントビルなど。
 果ては金融系なども抑えている、場合によっては「ヤ」の付く自営業の方々も頭が上がらないタイプの人物だ。

「カードすぐにお返しします!」

 サトルは素早く跪き、掲げるようにして秘密箱と蟲神器カードを差し出した。
 だが、それを見たゼンジュウロウ老人は逆に驚いたように手と首を横に振る。

「いやいやいや! それじゃとほら! そちらにも悪いし! っていうかほら、一応、あれじゃ! きちんとわしのだったって証拠も見せるから!」

「証拠?」

「ですか?」

 サトルとエイスケは、そろって首を傾げた。

「ぶんぶん! はろー、ようちゅーぶ! どうもー! ヨウチューバーのゼンキンです!」

 軽快な音楽に合わせて自己紹介するゼンジュウロウ老人の動画を見ながら、サトルとエイスケはチベットスナギツネのような表情になっていた。
 黒スーツの男が、非常に申し訳なさそうな顔で持っているタブレットに移っているこの動画が、ゼンジュウロウ老人が言う証拠なのだという。

「今日はね、最近わしがハマっている蟲神器の! 開封動画をやっていこうと思いまーす!」

 どうやら、ゼンジュウロウ老人はヨーチューバーとして活動しているらしい。

「いやぁー、最初は孫に勧められて始めたんですけどもぉー。今ではすっかりわしの方がハマっちゃってるんじゃよねぇー」

 蟲神器のパックを開けながら、雑談などをしている動画であった。
 はじめはチベットスナギツネみたいな顔をしていたサトルとエイスケだったが、段々とその雑談に引き込まれていく。
 ゼンジュウロウ老人は、敏腕経営者であった。
 いわゆる会話術というヤツも巧みで、低音の聞きやすい声も手伝って、普通に動画として面白いものに仕上げっているのだ。

「ああ! また被った! なかなかLRが出ないのぉ! せっかく箱も用意したんじゃけども。これ! この間箱根旅行に行ったときに買ってきた秘密箱!」

「えっ、これじゃん」

 まさに、サトルがリサイクルショップで買った秘密箱と同じものだった。

「この図柄、なかなか粋じゃろう? 特注で作らせたから、20万ぐらいかかったんじゃよ」

 サトルは思わず、「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。
 取り落としそうになるが、慌ててしっかりと抱きかかえ直す。
 小市民でお小遣いも少ないサトルである。
 秘密箱が思った以上に高価だったことに驚いてしまったのだ。
 サトルが抱きかかえた箱を、エイスケはマジマジと見る。

「ってことは。動画の箱は、この箱で間違いないってことか」

「そうなる、よな」

 そうこうしている間にも、動画は進んでいく。

「実はのぉ。この間も孫が。あ、蟲神器を進めてくれた孫じゃなくて、別の孫なんじゃけども。おうちの手伝いをしよう、っていう宿題が出たとか、あああっ!!」

 動画の画面に、大きなエフェクトが走る。
 パックから出てきたのは、最高レアリティのカード。
 オオキバウスバカミキリだった。
 しかも、ただのオオキバウスバカミキリではない。

「え、うそ待って。マジで? あ、マジのやつだ! きたぁあああ!! オオキバブルーじゃぁああああ!!!」

 BGMと共に、普通よりも青みがかったカードが映し出される。
 そこで、エイスケが声を上げた。

「ちょっ! ちょっとすみません、一時停止してください! カードが大写しになってるところで!」

「え? なんで?」

「蟲神器のカードは、開封したときから大体傷がついてるんだよ。その傷のつき方を見れば、お前が見つけたオオキバブルーと、このオオキバブルーが同じものか、判別がつくん」

「マジかよ。すっげぇ」

 それを聞いた黒スーツの男は、慌てて動画を止める。
 早速、サトル、エイスケ、黒スーツの男の三人で、カードを見比べ始めた。

「で、ここにハゲがあって。ここにもキズだ」

「入ってる入ってる。同じところに傷があるわ」

「色の変色の仕方も、同じようですね」

 こうなったら、もはや確定だろう。

「このカード、ゼンジュウロウさんが持ってたものだった。ってことか」

 エイスケのつぶやきに、サトルも納得したように頷いた。
 ここまで来たら、まず間違いないだろう。

「じゃあ、これ返しますね。なんかこんな高いもの持ってるのも怖いし。あっ、三百円だけもらえます? リサイクルショップでその金額で買ったんで」

 サトルとしては、さっさと手放したいぐらいの気持ちであった。
 何しろ、高いと分かったものを持っていると、体が拒絶反応を起こすのだ。
 と、ここでエイスケが「いや、ていうか」と首を傾げた。

「なんでこんなものが、リサイクルショップに?」

「そう、そこも説明せんとならんのじゃよ」

 エイスケの言葉に、ゼンジュウロウは我が意を得たりと頷いた。

 その日、ゼンジュウロウは運んできた不用品を、せっせと部屋の中にばら撒いていた。
 もちろん、きちんと理由あっての行動である。
 孫の一人が、ゼンジュウロウにこんなことを言ってきたのだ。

「おじいちゃん、お手伝いする宿題が出たから、お手伝いさせて!」

 最近の学校では、そういう宿題があるらしい。
 それも、簡単なお手伝いではなく、結構ガッツリやらせてほしい、ということだった。
 せっかく孫が頼ってくれたのだから、何とかしてあげたい。
 そこでゼンジュウロウが思いついたのが、断捨離であった。
 少し前にテレビでやっているのを見たのだが、その時の印象が残って居たのだ。
 断捨離、とって居も、ゼンジュウロウの家は多くの使用人によって管理されており、片付けが必要な場所などどこにもない。
 ならば、どこか一部屋をわざと散らばして、それを片付けさせよう。
 実にマッチポンプだが、よくある事である。
 最初は使用人にでもまかせようかと思った作業だったが、流石に申し訳ない気持ちになってしまう。

「孫の宿題のために、部屋を汚しておいてくれ」

 なんともマヌケな業務命令ではあるまいか。
 いくら何でも、それははばかられた。
 という訳で、ゼンジュウロウは自分で部屋を汚すことにしたわけである。

「あー、しっかし、本ってのは重いのぉ。やたら眠いし。ふぁわぁ」

 持ち上げていた本の束を地面に置いて、ゼンジュウロウは欠伸をする。
 前日、遅くまで蟲神器のデッキを組んだのが、今になって祟ってきたようだった。
 どうにも眠いのだが、この後も予定がある。
 ぐずぐずしてはいられない。
 もうひと頑張り、とばかりに本の束を持ち上げようとしたところで、悲劇が起きた。

「はうあっ!!!」

 グキリ、という嫌な音。
 ギックリ腰である。

「ダレカタスケテー!!!」

 ゼンジュウロウは奇妙な姿勢のまま動けなくなり、悲痛な悲鳴を上げたのだった。

「そのまま病院に運ばれてのぉ」

「なんというか、災難でしたね」

「これほど盛大に腰が逝ったのは久しぶりじゃったわ。おかげで今も動けん」

「あ、最近の話しなんですね。ぎっくり腰」

「そうじゃよ。だからこうしてリモート的なやつで話しているわけじゃ。本来なら出向いていこうと思ったんじゃが、ぶっちゃけ今もこの姿勢から一歩も動けん」

 ゼンジュウロウは和装でなんとなく威厳たっぷりな感じに杖を突いて座っていた。
 風格と気品あふれる姿、とサトルとエイスケの目には移っていたのだが、ぎっくり腰の話を聞いた後だと痛ましく見えてくる。

「あー、それはなんか。大変ですね」

「まぁまぁ。それは置いておいて。ぎっくりで動けん状態の時に、件の孫がお手伝いに来てのぉ。部屋の御片付けをするというので、わしは部屋の中にあるものすべて処分してよいぞ、といったんじゃ」

「そのために物を散乱させたわけですしね」

「じゃが、そこで思わぬことが起きた。実はぎっくりをやった時に、懐に入れていた秘密箱が落ちていたんじゃ」

 まさに悲劇である。
 ゼンジュウロウがそのことに気が付いたのは、二日前のこと。
 その時には、件の部屋はきれいさっぱりの状態になっていた。

「ゴミ回収とかに出されていたら絶望だと思って居ったんじゃが、うちの孫は意外としっかりして居ったようでのぉ。使えそうなものはリサイクルショップに売っておったんじゃ」

「それが、あのばぁちゃんの所の店だった。ってことですか」

「そういうことじゃ」

 リサイクルショップをやってはいても、別に目利きというわけではなかったらしい。
 ばぁちゃんは高価な秘密箱を、それとは知らずに一つ300円の小物の山に放り込んでいた、というわけだ。

「なんか、不幸なピタゴラスイッチみたいな感じのことが起きてたわけか」

「何その例え怖い」

「というわけで、出来ればその秘密箱を譲ってもらいたい。のじゃが」

「のじゃが?」

 ゼンジュウロウの言葉に、二人は首をかしげる。

「お主達、蟲主じゃな?」

「え、あ、はい。蟲主です」

「ほしい品を、少年蟲主が持って居る。ピンチはチャンスとはこのことじゃな」

「と、いいますと?」

「わしも昔は少年じゃった。特別な品をめぐって、悪の軍団と戦うとかそういうシチュエーションに憧れたもんじゃ」

「はぁ」

 突然何を言っているんだろう。
 感慨深げに語るゼンジュウロウの顔を見て、エイスケは嫌な予感を覚えた。

「結局わしは主人公サイドにはなれんかったが、何の因果かそれなりの金持ち。つまり悪役っぽい感じの立ち位置になってしまった。そして、求める品を少年蟲主達が持って居る」

「なるほど?」

 別に納得して「なるほど」といったわけではない。
 話をつなげるための相槌的な「なるほど」である。

「これはヨーチューバー的にも撮れ高がおいしそうなシチュエーションじゃ! こうなったら、やることは一つしかあるまい!」

 どういうこと?
 なんとなくこの後の流れに予測はついたものの、エイスケの頭は理解を拒んでいた。
 凍り付くエイスケの隣で、サトルは大きくうなずいた。
 そして、一歩前に出る。
 大きく深呼吸をすると、何となくきりっとした表情を作った。
 目の中にはなんとなく炎が見えるような気が、しないでもない。

「俺の名前は北山 サトル! お前達みたいなやつに、このカードは絶対に渡せないぜっ!!!」

 やたら芝居がかった大げさなアクション。
 唖然とするエイスケだったが、ゼンジュウロウは秒でこの状況に乗っていった。

「ふっふっふ! そういうじゃろうと思って居ったわ! こうなったら!!」

「「蟲神器で勝負だ!!!」」

 どちらかというとおバカ寄りな現役中学生と、老人現役ヨーチューバー。
 それが、奇跡的にかみ合ったシチュエーションで出会ったのだ。
 もはや何も起きないはずがない。

「え、これ俺も付き合う感じですか?」

 思わず出たエイスケの言葉に、タブレットを持った黒スーツの男は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

 なんやかんや一通り打ち合わせ的なことを終えると、黒スーツの男はてきぱきと撮影の準備を始めた。
 車に積んでいたらしい折り畳み机を広げ、その上に対戦用のカードマットを乗せる。
 そうこうしているうちに、カメラを担いだ人物もやってきた。
 ゼンジュウロウが契約しているカメラマン兼動画編集者で、対戦が決まったということで呼び寄せたらしい。

「この歳になって動画編集とか覚えられんからのぉ。プロに任せようと思って」

「結構いい金額するんじゃありません?」

「一応わしの動画、登録者数それなりじゃから。言うてもちろん損は出るけどものぉ。それもほら、ゴルフとか芸者遊びに比べたら大したことない額じゃから」

「流石、地方の名士。金銭感覚が違うぜ」

 そうこうしているうちに、準備が整った。

「というわけで蟲神器で勝負だぁぁあああ!」

 サトルは嬉々としたカメラ目線で、大声を張り上げる。
 ちなみに、事前の打ち合わせで次のようなことが決まった。

1・とりあえず対戦する

2・経緯説明などは後で別撮り

3・動画出演料は別途お支払する

4・対戦結果にかかわらず、オオキバブルーと秘密箱は1000円(迷惑料込)で引き渡す(※動画視聴者にはナイショ)

5・エイスケはメインジャッジ役として参加

「すみません、俺にまで気を使ってもらって」

「いやいや、迷惑かけるのはこっちじゃから」

 ちなみに、既に二人の保護者への連絡確認も済ませてある。
 当然最初は渋ったが、「東 ゼンジュウロウ」の名前が出てきた瞬間、話が全て片付いた。
 彼らが住んでいる地域において、ゼンジュウロウの名前の持つ力は絶大なのだ。

「ええっと、じゃあ、ジャッジは俺。対戦するのは、サトル。それから、ゼンジュウロウさんの代理人。黒スーツの西森さんってことで」

 ゼンジュウロウ自身は、腰を言わせているので動けない。
 そこで、黒スーツの男こと西森が代理で戦うこととなった。
 動画にも時々出演しているのだとかで、蟲神器自体のルールなども把握ているらしい。
 デッキも、ゼンジュウロウから預かってきているという。
 ちなみにかなりイカツイ外見の西森だが、彼の本業は運転手である。

「運転手って過酷な仕事なんですね」

「本来の業務じゃないはずなんですがねぇ」

「ていうか、良いんですかゼンジュウロウさん。直接戦わなくて」

「手下に戦わせてる方が悪の組織っぽさが出るからのぉ。なんかほら、闇の蟲主的な」

 なんかそういう設定らしい。
 闇の蟲主ってなんだ、と思うエイスケだったが、流石に相手が相手なので突っ込めなかった。

「お前達みたいな闇の蟲主に、このカードは渡せないぜ!!」

「なんだよ闇の蟲主って。どんなことしてるんだよ」

 だが、サトルには遠慮なく突っ込むことができた。
 エイスケに問われ、サトルは「えーっと」と考え込む。

「ほら。あれだよ。お店で買うときに、袋ガサゴソしてカードをサーチしたり」

「ああ、それは悪いわ」

 中身が傷つくので、普通に迷惑行為である。

「あとー、あれだ。小学生とかにカナブンの方が強いよって言って、アオカナブンとトレードさせたり」

「それも悪いなぁ」

 純粋に体力と攻撃力的な問題である。

「え、わしそんな極悪なことしとるの?」

「極悪のハードルが低すぎません!?」

「とにかく! そんな小学生のツクツクボウシを奪い、ヒグラシを渡すような悪党に負けるわけにはいかないぜ!」

「ふははは! お主のゴマダラカミキリも、クビアカツヤカミキリとトレードしてくれるわぁ!!」

「えー、蟲神器開始でーす」

 そんなわけで、ぬるっと対戦が開始される。

「「よろしくお願いします!」」

 きちんと挨拶をして、まずはジャンケン。
 勝ったのはサトルだった。

「えーっと、手札見まーす」

「あ、対戦中はちゃんとやるんだな」

「その辺はマナーだろう。えっと、先攻貰います!」

 まずはサトルの先攻。
 モンシロチョウエサ場に置く。

「マメコガネを呼び出し! いけ、かじりつけ!」

「げっ」

 ここで、ゼンジュウロウが露骨に嫌そうな顔をした。

「しもうた、小型のアグロ系か!」

「縄張りチェックします。とびださないです」

 西森はいたって落ち着いているが、ゼンジュウロウの反応はかなり露骨である。
 どうやら、相性が良くないデッキのようだ。

「オオエンマハンミョウをエサ場に置きます。メインフェイズ、手札から術カード蟲の息吹を使って、ターンエンドです」

 蟲の息吹は、1コストでえさ場を加速できる有能なカードだ。
 手札は使うが、重めの蟲が多いデッキでは頼もしい一枚である。

「ぐげぇっ! 大型搭載のランプデッキかよぉ! オオエンマハンミョウうらやましいなぁ!」

 サトルは小遣いが少ないので、LRなどは殆ど。というか、一枚も持っていないのだ。
 次いで、サトルのターン。

「ドロー! エサは置かずに、マメコガネで蟲主を直接攻撃!」

「チェック。とびださないです」

「じゃあ、手札からツマグロオオヨコバイをだして、攻撃!」

「とびださないです」

「よっしゃ ターンエンドだぜ!」

 サトルの出したカードを見て、ゼンジュウロウは首をかしげる。

「ツマグロ? プラコのほかにそこまで入れておるのか」

「いや、アイツプラチナコガネ持ってないんですよ」

 ツマグロオオヨコバイは体力200、攻撃力200。
 プラチナコガネは体力200、攻撃力200と同じステータスで、なおかつ特殊な技効果も持っていた。
 デッキへの採用率としてはプラチナコガネの方が圧倒的なわけだが、持っていなければデッキにも入れられない。
 世知辛い世の中である。
 西森のターン。

「ドロー。ヘラクレスオオカブトをエサ場に置き、これで3コスト。2コスト、グンジョウオオコブハムシを召喚」

「マジかよぉ!」

 グンジョウオオコブハムシ。
 緑の2コスト、体力300で攻撃力200と低性能に見せかけて、実は素晴らしい<>技を持つ蟲である。
<宝石昆虫>というその技は、蟲の攻撃で破壊されると、墓地ではなくエサ場に置かれるという破格の性能。
 ランプ系デッキにおいて、「出し徳」と言われることさえある圧倒的序盤の支えだ。

「ツマグロオオヨコバイを攻撃」

「うう、とびだすないです!」

「では、残った1コストを使い、蟲の息吹を発動」

「うそだろぉ!?」

 縄張りを割られているから、ということもあるが、すさまじい引き運といえるだろう。
 3枚の縄張りを割られたとはいえ、これでエサ場は4枚。
 場にはグンジョウオオコブハムシという、かなりつらい状況だ。

「ターンエンドです」

「まじかよぉ! 俺のターンです! ドロー! こ、このカードは! ワンチャンあるかもしれん!」

 苦い表情だったサトルだったが、どうやらいいカードを引いてきたらしい。
 それでも、表情は苦しい。

「これうまく通らなかったら、終わりなんだよなぁ」

 それでも、悩む時間は短かった」

「くっそぉー! しょうがないかぁ! アグロデッキは勇気で殴れだ! エサ場にアオカナブンを置いて」

 これで、サトルのエサ場は2枚。
 使用可能なのは2コストだ。

「手札から、ナナホシテントウ! もう一体、クロヤマアリを呼び出すぜ!」

「ここで攻めてくるじゃと!?」

 ゼンジュウロウが、驚きの声をあげた。
 こういう場面で、一機に虫を出す蟲主は少ないだろう。
 一枚ずつカードを出して攻撃をし、「とびだす」を持つ蟲を警戒することがほとんどだからだ。
 だが、サトルはそれをしなかった。

「アグロは勇気! バチバチにぶん殴ってやるぜ! ナナホシテントウで、グンジョウオオコブハムシを攻撃!」

「くっ。グンジョウオオコブハムシが破壊され、エサ場に行きます」

 これで、西森のエサ場は5枚。

「お願いとびださないでぇ!」

「縄張りチェック。とびだしは、無しです」

「よっしゃぁ! じゃあ、さらにクロヤマアリで攻撃します!」

 実際に戦っている西森よりも、ゼンジュウロウの方がはらはらした顔をしている。

「チェック。とびだすは無いです」

「なんでじゃぁ!! そのデッキにはゴライアスオオツノハナムグリが入っておるんじゃぞぉ!」

 ゴライアスオオツノハナムグリ。
 言わずと知れた、<とびだす>界のスーパースターである。
 その名前が出た瞬間、サトルの表情がひきつった。
 相手の縄張りはあと一枚。
 もしここでゴライアスオオツノハナムグリが出てきたら。
 だが、サトルは恐怖を振り払うように、宣言する。

「こうなりゃ度胸だ! マメコガネで、さらに攻撃!」

「チェックします。とびだす、無いです」

「縄張りが全部持っていかれたじゃとぉ!? じゃが、まだじゃ! 次のターンでエサ場は6! ランプデッキの勝負はそこからじゃぞぉ!」

 既に西森のエサ場は、5枚に届いている。
 さらに手札は6枚だ。
 その手札にあるのは、まさに理想的であった。
 6コスト、サカダチコノハナナフシ、ヘラクレスオオカブト。
 ナミアゲハに、グンジョウオオコブハムシ。
 さらに術カード、玉響の蠢き、繚乱の足掻き。
 この手札なら、玉響の蠢きで0コストで6コストの蟲を出し、繚乱の足掻きで交換して場に残す。
 さらに余ったコストで、手札に戻した6コスト蟲を出すというコンボ。
 いわゆる、「玉響繚乱」が可能だ。
 そうなってしまえば、実はデッキの大半が1コストの蟲だらけのサトルは絶望しかない。
 だが。

「ふっふっふ。誰がこれで終わりっていった!」

「そ、その台詞はっ!」

「俺のメインフェイズはまだ終了していないぜっ!!」

 サトルは心底気持ちよさそうに、ドヤ顔を決めている。
 既にコストを使い切った状況で、サトルの手札は残り一枚。
 だが、蟲神器にはこの状況から勝ちを確定させるカードが、存在するのだ。

「俺はナナホシテントウとクロヤマアリを<エサにする>して!!」

「ま、まさかぁ!!」

「リオックを呼び出すぜぇ!!」

「なんじゃとぉおおおお!」

 5コスト赤の蟲、リオック。
 多くのSLカードを兄弟姉妹に奪われているサトルが、唯一デッキに入れているSLにして。
 蟲神器カードの中でも屈指のフィニッシャーである。
 能力こそ、体力800、攻撃力600と5コストにしてはいささか頼りないものの、<>技の効果がすさまじかった。

<エサにする>
 これを場に出すとき、コストを支払う代わりに自分の場の蟲を2つ選び、破壊してもよい。

 つまり、場にいる蟲を二体墓地に送れば、リオックをコスト無しで呼び出してもいいのだ。

「バカなっ! どういう引き運をしておるんじゃぁ!」

「ちなみに俺のデッキに入ってるリオックは一枚だけだぜ!」

「ウソじゃろぉ!?」

「リオックで攻撃! かみちぎる!!」

「通ります。負けました」

「「ありがとうございました!」」

 ジャッジとして見ていたエイスケだったが、緊張が解けたようにため息を吐いてしまった。
 はた目には一方的な試合展開に見えたかもしれない。
 実際、縄張りの差もかなりあった。
 しかし、両方の手札を確認していたエイスケとしては、とてもそうは思えなかった。
 もし一枚でも縄張りから<とびだす>が出ていたら。
 サトルがリオックを引いていなければ。
 エイスケが見るに、勝者はおそらく西森になっていただろう。

「結構きわどい試合でしたね」

「くそぉ!!」

 ゼンジュウロウは悔しそうに声をあげた。
 実際に戦ったのが西森だが、デッキを作ったのはゼンジュウロウなのだそうだ。
 立ち位置的にも悔しさはあるのだろう。
 腰が逝っているので微動だにしていないが、もし動けるなら地団太でも踏んでいそうな表情である。

「まだじゃぁ! 勝負はこれからじゃぞぉ! 刺客はあと二人いるんじゃからなぁ!」

「ええ?! なんで!?」

「当たり前じゃぁ! こっちは悪の組織じゃぞ! なんかたくさん手下が出てきた方がそれっぽいじゃろうがぁ!」

「なるほど! たしかに!」

 ゼンジュウロウの言葉に、サトルは秒速で納得した。

「なんかの二人思考変遷が似通ってる気がする」

 呆れた顔をするエイスケに、西森が申し訳なさそうに頭を下げた。
 むしろ、大変なのは西森の方だろう。
 エイスケは手と首を横に振って見せ、お互いに顔を見合わせて苦笑いをする。

「じゃあ、次はうちのグループでホテルの支配人しておるヤツに戦わせようかのぉ」

「すっげぇ! なんか偉そうな人だ!」

「大丈夫じゃよ、わしの方が偉いから」

「なんかすごいこと言ってますけど、大丈夫なんですかそれ」

 心配そうなエイスケを、サトルとゼンジュウロウはキッと睨んだ。

「何他人事みたいに言ってるんだ! お前がジャッジするんだろうがぁ!」

「そうじゃそうじゃぁ!」

「それ、俺もやらされる流れなの!?」

 こうして、サトルとエイスケは悪の組織(?)との戦いに巻き込まれることとなったのであった。

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