【伝えておきたいブルースのこと】⑩漂う歌詞をつかまえて
ブルースの歌詞を読み解く
辞書で「blues」を引くと「気分がふさいだ」「憂鬱な」とあり、ブルースという音楽もそうした気分を歌っていることが多いが、けっしてそれだけではない。悲しむだけでなく、悲しいから笑ってしまおうという態度を取ることもあれば、ふさいだ気分を解き放つために行動を起こすこともある。また、歌詞には感情とともに社会状況や土着の文化も映り込んでいて、ブルースを必要としたアメリカ黒人の生きる世界を理解するのにもたいへん役立つ。
監獄について歌われたブルースからは南部の社会・経済システムを読み取ることができるし、ミシシッピ河の洪水や大干ばつ、害虫による作物の被害など自然災害を歌ったブルースからは、なすすべもなく苦境に立たされた人々の姿が浮かび上がる。テーマとして圧倒的に多い、男女間のことを歌ったブルースでも、そこに登場する鉄道路線やハイウェイ、南部の民間伝承フードゥーのまじない道具(モージョやブラック・キャット・ボーン等)、仕事やギャンブルなどなど、彼らの生活と文化が顔を覗かせる。
このようにブルースの歌詞はたいへん奥深いが、読み解くのが非常に難しくもある。とくに1920年代から30年代に残されたブルースは、その時代の俗語や隠語、当時流通していた物の固有名詞、小さな町や村の地名などが出て来るため、時間的にも地理的にも遠く離れた現代の日本に生きる我々には分からないことが多い。それゆえに誤訳も多い。
有名なロバート・ジョンスンの歌詞を見てみよう。〈カインド・ハーテッド・ウーマン〉はLP時代から現行CDにいたっても「心やさしい女のブルース」と邦題が付いているが、「kind-hearted woman」とは「性的な取引を条件に男を養う女」のことである。つまりジゴロ(日本語なら「つばめ」)を抱えた女のことで、年増で醜い容姿の者を指すとも言われる。「心やさしい女」という訳とはずいぶん異なる印象を与えるのではないか。ロバートの曲ではもうひとつ、後にエルモア・ジェイムズの看板曲となった〈アイ・ビリーヴ・アイル・ダスト・マイ・ブルーム〉の「I’ll dust my broom」が現行CDでもいまだに「箒のほこりを払おう」となっている。これは「すぐにその場を去る」という意味だ。19世紀には「to broom」が「逃げ出す」、「get up and dust」が「急いで出発する」という意味の俗語だったという。
またカントリー・ブルースの場合は、「フローティング・リリックス(Floating Lyrics)」と言われる常套句をつなぎ合わせて曲を作ることがあり、それゆえ前後のつながりが唐突な場合や意味をなさないこともある。
難解とはいえ、ブルースの歌詞は知れば知るほど面白い。より深く歌詞世界を楽しみたいという人に、ブルース用語辞典を二冊上げておこう。いずれも洋書だ。
文:濱田廣也
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