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傘を差して歩いていた。用事があり、外出していたのだが、天気のように気分は不安定だった。

パラパラと降る雨は徐々に靴の中を侵食していき、まだ家まで距離はあるが、中はグズグズになり、不快指数は高まっていた。

イヤホンで音楽を聴いていても溜息をつきたくなるほどに憂鬱な中、閑静な住宅街を歩いていると、100mほど先からおばあさんが歩いてくるのがみえた。特に変わった様子はないようにみえた。

3mほど近くまできたとき、突然、声を掛けられ、なにごとかと思いイヤホンを外すと、
「○○銀行はこの近くだとどこにありますか?」
少し慌てた様子で尋ねられた。

1番近くの場所がわからなかったので、スマホを取り出して検索する。10分くらい歩いたところにあり、道を説明する。

「ありがとう」
と、おばあさんはそのまま行ってしまうかと思ったら、財布をなにやらごそごそと触り出した。

「電話代としてもらって」
100円をいただいてしまった。ぼくのしたことと言ったら、ただ道を教えただけ。ちょっとした優しさがなんだか身に滲みた。

おばあさんは、おじいさんが入院したとかでお金がどうのこうのと言って、小走りで行ってしまった。
「お気をつけて」と声を掛けてお別れする。

その後ろ姿を眺めながら、1年近く前のことを思い出した。前職を辞めるとき、とある利用者さんに最後に挨拶に行った。とても穏やかな旦那さんに、しっかり者の奥さん。退職の旨を説明すると、寂しそうにしてくれた。思い返せばお伺いする度に、余分な話をしてしまったがそれはそれで、お互いにとって良い時間だったと思う。

「ちょっと、アレ」
帰るときに、旦那さんが奥さんに声を掛けて、奥さんがなにやら取りに行かれた。戻ってきた手には、1枚の封筒と袋に入った野菜。

「餞別だよ。」
「遠慮なくもらっていって。野菜もありすぎて困ってるから。」
2人とも優しい声で、少し涙ぐみながら声をかけてくれた。

その時にいただいた野菜はさすがに食べてしまったが、封筒に入った餞別はそのまま開けずにしまってある。今日いただいた100円も同じように大切に保管しておこうと思う。





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