【サンタクロースの頂】#パルプアドベントカレンダー2021
接続されていないはずの手がかじかんで動かない。
竹ノ内テツは登攀中の岩場に設置された足場で休憩モードに入り、端末と自身の神経の接続を一旦切断した。
死ぬことは無いから落ちても構わないのだが、いくつか神経接続を切った登攀シミュレーターとはいえ、落下死亡判定時のストレスが結構な事になり、この高さから落下判定を食らうと確実にリアルで寝込むので、それは避けたかった。
身体が寒い。甘くない甘酒をつくるために用意した酒粕五十グラム、砂糖大さじ二、二百㎖程度の水を鍋に入れてIH調理器にかけ、彼は完成を待ちながら、視界の隅に待機しているサンドボックスRPGを起動した。
実際には出来もしないロッククライミングをシミュレーターで操作していたのは、友人が主催するサンタさんレースの為だった。
インディーズゲームの「苦力レース」を作った人物だが、MODに「岩場天狗」というやつがあり、それを改造したサンタさんレースをやるという。
サンタさんレース。プレイヤーはサンタさんを模して大きな荷物を担いだ岩場天狗になる。
トナカイはバディの二足歩行トナカイ頭モンスターが各人にもれなくついている。
グラフィック上では無駄に鍛えられており、友人によると「マッチョフリー素材から起こした」トナカイだが、落下死亡判定時に本当にプレイヤーが死なないようにする「赤鼻トナカイ」という機能以外は,せいぜい普通の登攀補助用NPCでしかない。
この「赤鼻トナカイ」の働きが悪いので、どうにかして直さなければならないのだが、どう悪いのか未だに判らなかった。
最近知り合った知人に、二、三回シミュレーター上で死んでも寝込まない強靱な人物が数人いて、彼らに考え得るだけのシチュエーションを用意してじゃんじゃん飛び降りて貰っているのだが、彼らに預けた精神防壁システム「身代わり木人」はどれも損耗していない。
この「身代わり木人」が、サンタさんレースの時は「赤鼻トナカイ」として機能するはずだった。
わざと飛び降りたら機能しないのではないか、という結論になりつつあるが、わざとやっても機能するから使っているのに、本末転倒甚だしい。
その知人のうちひとりが、「もっとでかい山を用意しろ」と言い出した。日に夜を継いで登り続けて、本当に凡ミスか何かで死にかけた時に機能しないのであれば、レースは中止して改修した方がいいというのだ。
知人は、わざわざその為に、普段は使用を制限されているらしい自身の生体部品と神経のデータリンクを期間限定で復活させた。どのような状態なのかは住所が遠く、個人情報も互いにあまり知らず、説明もされないのでよくわからないが、とにかく心身共におそろしく頑健な人物がひたすら登り続ける事ができるようになったという。今日はその途中報告を受け取る日だ。
サンドボックスRPGのメッセージ欄を開くと、【代理の者】というPC名でメッセージが届いていた。曰く、
「本人の健康状態その他は、登り続けているので報告は無し。ただ、身代わり木人自体がある程度の高さから停止状態になり、同時に危険度設定が非常にきつくなります。寝不足でアタックした日に大した高度でない場所で凡ミスで滑落したリカバリーがありません。勝手に隠し過酷モードにでも切り替わっていますか? ゲームシステムそのものの問題ではないでしょうか。ご確認の上問題あれば修正したほうが良いでしょう。尚、『身代わり木人』停止状態で本人を運営権限で叩き落とすなり凡ミスで落下してもさしたる問題はないよう、念のため、『出前人間箱』と外付け生命維持装置を搬入・連結しました。この構成でゴーサインあらば契約書にサインをお願いします」
この知人氏は何の仕事をしている人物なのだろう、見当がつかない。
いささかの恐怖感を、酒粕の味のする甘酒と共に啜り込んだテツは、友人に宛てて確認依頼のテキストメッセージを書いた。
【代理の者】のメッセージに添付されてきた報告のテキストファイルを取り込み直し、添えて送り、時計を見ると、通っている高校のライブ配信まであと三十分無い。
出席取りを兼ねているので、出席の履歴がないとならないやつだ。
もうすぐ二学期の終業式で、進路も推薦で決まっているので、受けなくても、受けながらよそごとをしていても怒られはしないはずだった。
しかし、先日親から、「個人面談で、あんまりライブ授業を視聴せずVOD授業ばかりやっていると、決まった進路に今更ひびくとか言われて若干腹立つわ。その位で学校の実績フイにするとも思えないけども、アホならこじらせて嫌がらせしてくる可能性ってやつがあるんで、ログだけでも出てくれ。親も自分の事じゃないから聞かないふりして黙ってるわけにもいかない」という苦情が出た。
そんなわけで内職しながらでも受けておく必要がある。
外に雪が降り始めた。今日も寒い。二学期が終わったら、南の方に旅行をするのだ。
テツがライブ授業がひとつ、VODをひとつ終わらせたところで、どうやら知人氏がとうとう、想定されたユーザー層には不可能とされた高さから落下したため、「苦力レース」自体がメンテナンスに入っていた。先に友人にした報告に対する返答には、問題の箇所をようやく見つけたと書いてあった。
サンドボックスRPG上の彼のサーバーには、数人の訪問者があり、中には先程のテストを頼んでいた知人がふたり居て、彼の大きな城を作る作業をしていた。
ひとり足りない。
「こんにちは! お久しぶりです」
「あーおこんにちはー。だいぶ積んだけどお城、まだまだできないよお」
ピンクの熊の皮を被った子供が、頭に花を咲かせながらオレンジのブロックを積んでいる。ふたり目は、いつものケーブルドラムに腕脚の生えたヒモではないようだ。
売っていたら高価そうな幼女大のきれいな人形が、城と、城を建てている巨大な山の上の方から、レースたっぷり日傘でふわふわ落下して遊んでいる。あれか。
そういえば高所突風ルーレットは止めたので、風はそよ風くらいしか吹かせていない。
「テツくん、例の登攀サンタ大会ね。あれ、さっき落下した件でさ」
「あー……大丈夫でした? えーっと」
ゲーム上の友人リストに、初期状態のアイコンを探していたが見つからず、テツは当該者のPCを少し探した。あった。フリー素材で転がっている、津山三十八人殺しのおじさんアイコン。
ログインはしているらしい。
「……こんなキャラだっけ」
「今まさに会社の書類書きながら作ってるみたい。もうちょっとうつくしいのがいいとか言ってた」
「あ、じゃ寝込んだとかそういうことはないんですね」
頭上からふわふわと日傘で落下してきた人形が、「いいかしら」と話に割り込んでくる。
「『身代わり木人』がまるで動かない想定はしていたわ。でも落下直後に私の『出前人間箱』が文字通り吹っ飛んだの。一体何が介入してきたの? ゲームシステムになけなしの護衛を殺されるかと思ったわよ」
「え、ええ……」
テツの困惑しきった顔を見て、あなたに何か直せとは言わないわ、と人形はころころ笑った。
「ごめんなさいね、箱代はあちらのお友達からいただいてるから大丈夫。大人のつまらない愚痴よ。
でもね、サンタレースの中止もつまらないから、このお城を使ったらどうかしらとお願いしにきたんだけど」
人形が、友人からのメッセージという名の企画を持ってきた。ざっと見ると、クライミングシミュレーターからただの妨害つき梯子登り大会までグレードダウンし、ただひたすら制限時間内に距離を登れ、サンタがプレゼントを持ってお待ちしておりますという内容になっている。
クライミングシミュレーターガチ勢の一部はエントリーを止めるだろうが、それならそれでゲーム内で別の人を募集して、ゲーム実況をやってくれないかというコメントが添えられていた。
テツは、巨大な、ひたすら巨大な山と城を見上げて考えた。
友人のコメントにあった、城の高さがまだ足りないのだ。
「あの、すみませんひとつお願いがあるんですが」
彼は、目の前の人形に、ブロック積みを高速化できないかと切り出した。手間賃が幾らして、出せるかどうかはわからないが、出るようなら実況の収入から少し出せばいいだろう。
人形は小首を傾げ、手間賃を提示してきた。地方で売っている国産紅茶のパッケージ、業務用サイズの大箱だ。
「現物ですか。通販の在庫あんまりないってやつですよね、これ」
「そうなの。なかなか手に入らなくて……」
聞いた話だと、通販でなく取り寄せをすると、段ボール箱ひとつから出される上に送料が普通にかかるという。一旦テツが購入して送っても送料は一緒なのだが、要は送料込みで買ってくれという話だ。
「いいですよ。そしたら、お願いできますか。友達が想定してる高さにまだ少し足りないんで」
ピンクの熊がブロックを取りに降りてきて驚いた声を上げた。
「えっごめんね、作業速度足りない?」
「ああいや、大丈夫です。友達が急ごしらえで想定した高さが、作業予定より少し高いんです、すみません」
数日なくして、彼のサーバーに、きちんと描かれた外見の天使のぬいぐるみがいくつか届いた。タコっぽい口をしている。
ブロックのもとを持たせると、背中の小さな羽で飛んでいき、タコの口からブロックを吹き付けてまとめて設置するといった便利ツールであった。
曰く、年が明けたらもう何台か届けるという。今回はこれで十分であった。
さて、城を建てる作業が少しだけ速くなって、その後。城の高さが規定の高さに到達し、梯子を沢山たて、敵キャラや妨害設備パッケージの設置・撤去の打ち合わせを行い、割と忙しく時間が過ぎていった。
このサーバー上でやる分には特に何も面倒はないだろうとテツは思っているし、実際、サンドボックスRPGのでの神経接続・直接操作は設定オプションである。ぶっちゃけ、コントローラーで十分なのだ。
彼も実況があるので出場する。会場設置者として他の出場者より練習環境に有利なので、昇降速度か妨害パッケージに少しハンデがつけられる。どちらかは当日判明する。
何事もなく当日がやってきて、スタート位置につくまで特に何の問題も発生しなかった。
スタートを切ると、他のPCと速度が変わらない。ということは妨害として出される敵が強いか、数が多いかどちらかだ。
いざ敵がでてくると、やはり想定よりたいへん多い。倒すより躱した方が楽で、まるで出初め式みたいなアクロバティックな操作が必要になった。
こうなると実況にも力が入るというもので、なかなか楽しい時間を過ごした。上の方に登ってくると、操作の上手いプレイヤーしか残っていない。
城の建造チームも全員ギブアップして実況を眺めているようだった。
もうすぐ、もうすぐ緑と赤にピカピカ光るサンタクロースまで到達する。いくつか風に乗って襲来する空飛ぶ人斬り皿みたいなものを華麗にかわし、正偽取り混ぜたサンタクロースが数体鎮座するバルコニーに到達した。
全員がほぼ同時に到達した場合、全てのサンタクロースが襲いかかってくるが一体だけ本物の攻撃はお菓子である、という話は元々最初に説明されている。練習用のサンタクロースは平等のために誰にも貸与されない。
人数分よりひとり数の多いサンタクロースの攻撃は、協力して倒そうにも個人でどうにかしようにも猛攻で、ひとり、ふたりと倒れていき、操作空しくテツも攻撃を受け、バルコニーから遙か下へ落下していった。
さすがに長く落ちることなく、城のふもと(レーススタート地点)の選手待機場でリスポンしたが、落ちる寸前にどうやら全滅を見届けたらしく、全滅した場合の挙動をする本物サンタが上空から飛来した。
「サンタルーフに到達した上位プレイヤーには全滅時用賞品を渡し、あとはヤケクソ顔でサンタに餅蒔きをさせる」パターンにはまってしまい、実況もそのようにしたが、まあ無事に済んだことに変わりはない。
テツは安堵の溜息と共に差し支えのないコメントを述べ、アイテム欄を呼び出して、メリークリスマス、と叫びながら宝箱を開けた。
トラペゾヘドロン
アイテム名は、知っていればおいそれと使えないびっくり箱のような名称だった。
そのビジュアルは、冬休みの旅行先で受け取るはずの、ガーネットのルースにそっくりな球体だ。
彼はどうコメントしたらいいか判らず、「め、めりーくりすます……」と呟いた。
「旅行の前に神社にお参りしましょうかね、初詣もあるし」
と何とかひねりだし、その日の実況を締めた。
人生の先が若干思いやられたが、気のせいだと思いたかった。
【了】
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総合目次にリンク貼った気になって(昼)、なんか皆と違うリンクの貼り方だなあと思ってたら、案の定ここで手記が途絶えそうになっておりました…ゴメン…ゴメンヨ…(夜)
明日はむつぎはじめさんの『Unlocker! 美女の扉と少年の鍵』です。
ウワアもう少しでクリスマスやでえ