見出し画像

北宋期における紙幣あるいは約束手形についての小察。―《日野開三郎東洋史学論集第六巻》を読む。その一…。―

 わたしの尊敬する中国史学者、日野開三郎博士は、20 巻にも及ぶ東洋史学論集をのこされ、わたしは、その 3, 4, 6, 7 巻と、続 唐代邸店の研究を所有しています。この記事では、その第六巻, 第一部の中から、薄学のわたしがある程度すすめた読書の中から、北宋時代の交子で有名な、紙幣の誕生あるいは約束手形について書きます。交子 - Wikipedia というページもあります。ちなみにわたしは博士のこの作品を、この部にかんして、p 71 ほどまでいまのところ読んでいます…。

北宋時代の交子。wikipedia より。

 日野博士は学位論文で、塩鈔について記述されたようで、その様子は第六巻冒頭にのべられています。博士は 1968 年、日本学士院賞を受賞されました…。
 日野開三郎博士の東洋史学論集第六巻, 第一部 塩鈔法の研究, p 5 ~ p 255, からの引用であります…。
  宋代における、約束手形(紙幣)の誕生において、塩鈔と茶引というものがあります。
 教科書などでも、中国において紙幣が誕生したのは宋代であり、それは、交子、会子とよばれた、などと記述されています。一方、塩鈔、茶引は約束手形として扱われます…。
 たとえば、国家権力と、商人とが存在するとしましょう。塩鈔の場合には、塩の産地において、塩鈔という約束手形を、塩との交換に使います。また、茶引の場合には、茶の産地において、茶引という約束手形を、茶との交換に使います。そして、国家権力は、この塩鈔とか茶引とかを正式に作成し、流通させる権利をもっていました。

ここから先は

1,346字

¥ 100

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?