【私的J-pop分析】乃木坂46《Route 246》
さて、最初の記事は最新曲でいってみようと思います。
というわけで、今回は乃木坂46さんの《Route 246》の分析をしてみたいと思います!
1. 背景
配信限定シングルとして2020年7月24日から配信を開始した《Route 246》ですが、この作品は5月の《世界中の隣人よ》に続く配信シングルや、齋藤飛鳥さんがセンターを務めるという点[注1]だけでなく、音楽ファンの間では小室哲哉さんが作曲・編曲を手掛けるということでも話題になりました[注2]。
すでに、6月11日放送のTOKYO FM『TOKYO SPEAKEASY』に社会学者の古市憲寿さんと出演した際には、今回の作品を書くことを示唆されています[注3]。
[...]秋元ちゃんからLINEが入って「曲を書きませんか?」って。[...]いつも(秋元ちゃんは)そんなに多くを語らないので、軽い質問をしながらやり取りをして、断ることもできたんだけど、すごく熱く語ってくれたので、ちょっと久々にレコーディングをね。秋元ちゃんが「曲を書いてくれ」というのは、ピアノで僕がちょっと歌ってみてとかっていうものじゃないんだよね(笑)
このように、長年交流のあるプロデューサー・作詞家の秋元康さんからのオファーで、小室さんが曲を書くことになったようです。
しかし、この作品を完成させるまで、随分と苦労されたようで、秋元さんは次のように語ります[注4]。
「曲を書いてよ」そんな話を何度かするうちに、彼がようやく重い腰を上げました。ブランクがあった分、なかなか、思うようなイメージのものが書けないようでした。結局、7回も書き直しをしてもらったのですが、その作業すら楽しそうでした。
「7回書き直した」という点が気になるところで、それは現在の《Route 246》になるようブラッシュアップをしたのか、それとも全く異なる作品を7回作ったのか...。前者であるならば、ブルックナーやマーラーの諸交響曲のような比較も可能になるのですが、まあともかく、今回は無事に配信された作品を分析していきましょう。
2. 全体の構造(形式)
図1: 全体の構造
(各セクションの数字は小節数、括弧内はその内訳)
全体の構造は、複雑ではなく一般的なJ-popに見られる形を取っていますが、よく見てみると様々な工夫に気がつきます。
図1の各セクションの小節数を見てみると、基本的に8小節(あるいは、それをさらに細かく分けた4小節)単位で構成されていることがわかります。この分け方自体は極めて一般的ですが、それぞれのセクション毎の小節数の変化に目を向けてみると、おもしろいことがわかります。
・Aメロ
Aメロは作中に2回現れますが、1.のAメロが8小節+8小節の16小節という、ある程度の長さを持っているのに対し、2.のAメロは半分の8小節に縮小されています。
(それに関連して、1.のイントロの再現でもあるブリッジ1も極めて短く縮小されています)
・サビ
サビはイントロに続く前サビが8小節(これはイントロのまとめと見ることもできそうです)、1.と2.のサビが4+8というやや不規則な形の12小節、そして最後の3.のサビが16小節と最初から最後に向かって拡大していきます。
Aメロが縮小されること、サビが拡大していくこと、そしてわずか4小節のBメロ等いくつか気になる点が出てきました。
このことを踏まえて、それではまず旋律の分析に入りましょう。
3. 旋律の分析
《Route 246》には明らかに中心となる旋律と、そこから派生する動機(独: Motiv)があります。
譜例1: 《Route 246》サビ冒頭
譜例1はサビの旋律です。
《Route 246》の中心は明らかにこの旋律です。
しかし、この旋律だけでなく、この旋律の中に含まれる動機も、全体に散りばめられています。
もう一度、譜例1を見てください。譜例1の中には2つの動機が示されています。それぞれの動機について、簡単に説明しておきたいと思います。
・α = 3度下行の動機
譜例1でαと示されている動機は、3つの下行する順次進行音(A♯ - G♯ - F♯)で作られています。この3度下行する音型は、小室ファンにはおなじみの音型です。例えば、小室さんの傑作のひとつ《Get Wild》のサビの冒頭も、3度下行音型です。
順次進行しつつ下行する音型というのは、実際は特徴的になるようなものではなく、まったくもって普通のことです(なぜなら、単に音階に沿って下がっているだけなのだから!)。それにも関わらず、《Route 246》や《Get Wild》では、サビの頭にこの音型を置き、何度も繰り返すことで、作品の特徴としてしまっているのです。一見なんの特徴もないからこそ、覚えやすく、歌いやすいこの3度下行の動機を作品の顔としてしまえるところに、小室さんの凄さを感じることもできるかもしれません。
・β = シンコペーションのリズムを含む山型の動機
βの動機は、αと違いリズムが重要です。シンコペーションを用いたβのリズムは、ポピュラー音楽ではお馴染みのリズムですが、《Route 246》でも重要な役割を果たします。
ちなみに、音程に目をやると、F♯ - G♯ - A♯ - (B) - A♯と、全体として3度上行する形になっています。βを逆さまにしたβ'ではF♯ - E♯ - D♯ - E♯ - F♯と、3度下行し、また上行する形を取っています。どうやらαの音程関係はβにも影響を与えているようです。
さて、サビの中にあるこれら2つの動機が、作品全体の中にどのように組み込まれているのかを、見てみます。
譜例2: 《Route 246》Aメロ冒頭
譜例3: 《Route 246》Bメロ
譜例2のAメロ、譜例3のBメロともに、リズム動機であるβが中心であること、そして音程の面ではαが隠されていることがわかるかと思います。
特にBメロ(譜例3)では、○で囲んだF♯ - G - (G♯) - A♯という動きはαを反行させたものです。さらに最後には□で囲んだC♯ - B - A♯という形でαがそのまま出てくることで、下からの3度上行と上からの3度下行を組み合わせてサビに向かうという、マニアには垂涎ものの工夫がなされています。
この動機は実際、イントロでもすでに現れているので、作品全体がαとβの動機を素材に作られているため、極めて高い統一性を得られているのです。
長くなりすぎるのも良くないため、ここでは動機についてはこれぐらいにしますが、全曲を聴いていると、譜例で示した場所以外も、サビの動機が有機的に使われていることに気がつくのではないでしょうか。
4. コード(調)の分析
今度は、コードの分析に進もうと思います。
実際《Route 246》は、複雑なコードは使われていません。それどころか、各セクションは基本的に同じコード進行を繰り返す形で作られています。これは4つ打ちのバスドラムからもわかるように、小室さんが得意としているダンスミュージック[注5]の影響と考えて良さそうです。
ここでも、すべてを丁寧に見ていく、というよりも個人的におもしろく感じている部分を見ていこうと思います。
4-1. イントロ――転調、そして縮小する和声リズム
イントロのコード進行は、この作品の中心となるものです。
Dm - | Bb - | C - | F F/E |
Dm - | Bb - | C - | F - |
D♯m B | C♯ F♯ | D♯m B | C♯ F♯ |
D♯m B | C♯ F♯ | D♯m B | C♯ F♯ |
冒頭のDm - Bb - C - Fという進行はいわゆる「小室進行」[注6]と呼ばれるもので、小室さんの作品で多く見られるコード進行です[注7]。《Route 246》はイントロだけでなく、サビもこの進行で作られています。
コード自体は特に特徴的ではない(もちろん、私もこのコード進行大好きですが、小室さんの作品としては特別取り上げるようなコード進行ではない)のですが、イントロでは2つ面白いことがあります。
まず、《Route 246》をはじめて聴いた方が驚くであろう部分は、曲がはじまってわずか8小節(時間にしてわずか15秒程度)で転調してしまうということでしょう。
そう、この作品、D minorで始まり、すぐにD♯ minor[注9]に転調してしまうのです。その理由は後述することにして、ともかく小室さんお得意の転調手法を冒頭から聴くことのできるので、お得な気分なわけです(?)
この半音転調と同時に起こることが和声リズム[注8]の縮小です。
D minorの8小節間は、基本的に1小節毎にコードが変わるため、音楽がゆっくりと感じられると思います。しかし、D♯ minorに転調すると、コードは2拍毎に変わっていくようになります。つまり、コード進行のスパンが短くされたわけです。
こうすることで、テンポは変わっていないものの、聴き手はテンポが変わったかのように、音楽が前へ進んでいる感じを受けるようになります。
この和声リズムの縮小が、D minorからD♯ minorという半音転調と同時に起こることで、イントロの9小節目のエネルギーは否応にも高まっているのです。
4-2. Bメロ――半音階による、転調の予兆
Aメロは極めて安定したB minorです。
それに対し、続くわずか4小節のBメロは、調的な安定感がありません。コードを確認してみましょう。
B7/D♯ - | Em - | Fdim - | F♯ - |
バスのラインがD♯ - E - E♯ - F♯と半音階で上行していくコード進行になっていますが、これはB minorからサビのD♯ minorへの転調を準備していることに他なりません[注10]。
つまり、BメロはAメロの安定したB minorからサビのD♯ minorへ転調するための推移部分であるため、4小節の長さで十分だったというわけです。
4-3. サビ――イントロの要素の回収
4-1.でも書いたように、サビのコード進行はイントロと同じです。
しかし、サビでは4小節間D♯ minorだったものが、E minorへと転調します。この転調はイントロのD minorからD♯ minorの転調を思い起させます。しかし、前サビでは一度も転調せずD♯ minorだったものが、なぜサビでは転調するのでしょうか。
この問題は、次の章で一緒に考えることにします。
5. 全体の調構造
ここまで見てきたのは、各セクションの旋律やコード進行など、局所的な部分でした。しかし、このように局所的な工夫がされている作品は、より大きな視点から見てみると、作品全体に隠されたシステムを見出すことができます。
まずは、図2を見てください。
図2: 《Route 246》全体の調構造
5-1. 上昇する調
《Route 246》は全体としてD minor→D♯ minor→E minorという、上昇指向の調の流れを持っています。
曲中でイントロの8小節間しか出てこないD minorは、この上昇指向の調構造を作るために必要な要素だと考えられます。
つまり、冒頭のD minorがなく、D♯ minor→E minorのみの転調で作品が作られた場合、単なる半音の転調としかとらえることができません。しかし、D minorからはじまり、D♯ minorを経由し、E minorへと転調することで、明らかに調は明らかに上に向かって進んでいると認識できるようになるのです。
そして、この半音階的に上昇する調の流れは、実は細部でも示唆されています。それは4-2.で見たBメロです。
すでに書いたようにBメロは調的な安定感がありません。
《Route 246》の中で調的な安定感がないのは、Bメロだけです。その問題のBメロのコードは半音階で進行するバスが基本となっていました。
この半音階こそ、作品全体の半音階的な上昇を示唆しているのです。
Bメロで半音階の存在を示した後で、サビの4小節のみD♯ minor、そしてすぐにE minorに転調させることで、この作品がE minorを目指した調の流れを取っていることを明確に表しています。
これで4-3.でサビの4小節間のみがD♯ minorであることの理由も明らかになりましたね。
5-2. D♯ minorとB minorの役割――E minorの周到な準備
それでは、Aメロに出てくるB minorは、《Route 246》の調構造に関わっていないのかと言うと、そんなことはありません。
5-1で書いた、作品全体の到達点であるE minorは、サビの途中で突如として現れたものではなく、実際には周到な準備がされた上でE minorが現れるのです。
その周到な準備とは、D♯ minorとB minorを提示することです。
すでにお気づきかと思いますが、これらの調は、E minorに対して「ドミナント」を形成することのできる調です。
B minorのトニック(B - D - F♯)はE minorの自然短音階上に出来るドミナント和音に当たります。
そしてD♯ minorは一見なにも関係がないように思えますが、E minorの導音を主音とする調なのです。
そのため、B minorもD♯ minorも、E minorを準備している、と言うことができます。
もちろん、どちらか片方だけでも十分E minorを準備することはできます。しかし、小室さんはB minorとD♯ minorの2つの調をE minorのドミナントとして全体の調の流れの中に取り入れたのです。こうすることで、サビの途中でE minorになった瞬間、聴き手はとてつもない解決感を得ることになるのです[注11]。
このような調構造が考えられるため、ここではイントロや前サビをEb minorではなくD♯ minorとして分析したのです。
そして、2.で示した《Route 246》の構造で気になっていた2回目のAメロの縮小やサビの拡大なども、調構造と関連付けて説明することができます。
Aメロが縮小されるのは、1回目のAメロからサビまでの流れの中で、すでにすべての調がE minorへと向かっていくことが示されたため、2回目のAメロでB minorの存在を強く示す必要がなくなったのです。
サビの拡大した理由は2つ考えられます。
ひとつは形式的に終わりを重たくするため。
もうひとつは、図1の3.のバランスを取るためです。つまり、最後のサビでE minorに転調すると、曲は終わりまでE minorで、アウトロを含めるとE minorの領域は16小節になります。ブリッジ2はD♯ minorで8小節、つまりサビのD♯ minorの領域をこれまでの4小節ではなく、8小節にすれば、E minorの16小節と同じようになり、バランスが良くなるのです。
いずれにせよ、この縮小して拡大する形式は、図2で示したような上昇指向の調構造と非常に相性が良いです。
このような形式と調構造によって、《Route 246》は音楽が進んで行くほど音楽的なエネルギーが増していくように感じられるのです。
6. まとめ
このように、《Route 246》には実に様々な工夫が施されています。
実際、小室哲哉さんの作品としては、非常にシンプルな作りになっていることは確かかもしれません[注12]。
しかし、そのようなシンプルな作品にも関わらず、ここまで見てきたような仕掛けが作品のあらゆるところに施されています。
2つの動機を全曲に散りばめることで、作品全体に統一感がもたらされ、上昇指向の調構造と、それと密接に関係する縮小し、また拡大する形式。
このような多様な工夫が違和感なく組み込まれている《Route 246》は、小室哲哉さんの復帰作として申し分ない出来なのではないかと個人的に感じています。
いやー、本当に素晴らしい作品です!!
ここで書いた分析は、私の視点によるものです。もし、みなさんの分析や見解と異なることがあれば、ぜひ教えてください!
[2020年8月4日追記]
4-2のコードを一部修整しました。
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注1: 著者不明 「乃木坂46の新曲「Route 246」作曲・編曲に小室哲哉、センターは齋藤飛鳥」 FASHION PRESS, 2020年7月16日
https://www.fashion-press.net/news/62683(2020年7月27日閲覧)
注2: 著者不明 「Twitterトレンド席巻!小室哲哉、乃木坂46新曲で音楽業に復帰「今回悩みに悩んで…」」 ABEMA TIMES, 2020年7月16日
https://times.abema.tv/posts/8615760(2020年7月27日閲覧)
注3: 著者不明 「小室哲哉「35年間やってるけど、僕は1回も一発OKってない」“ものづくり”ならではの至福の瞬間を語る」Tokyofm plus, 2020年7月21日
https://tfm-plus.gsj.mobi/news/cyDsRMHw34.html(2020年7月27日閲覧)
注4: 著者不明 「乃木坂46新曲「Route 246」作編曲は小室哲哉、秋元康「もう一度彼に音楽に携わる機会を」」音楽ナタリー, 2020年7月16日
https://natalie.mu/music/news/387878(2020年7月27日閲覧)
注5: imdkm 「リズムから考えるJ-POP史 第2回:小室哲哉がリスナーに施した、BPM感覚と16ビートの“教育”」 Real Sound, 2019年3月31日
https://realsound.jp/2019/03/post-340934.html(2020年7月27日閲覧)
ふくりゅう 「平成を小室哲哉作品で振り返る~「EZ DO DANCE」、「Feel Like dance」など」 Yahoo!ニュース, 2019年6月7日
https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuryu/20190607-00129145/(2020年7月27日閲覧)
注6: 小室さんがその作品で多用していることから、こう呼ばれることが多いですが、その名称は誰がどのように使用し始めたのかは不明。和声記号で示すと(長調の場合)Ⅵ - Ⅳ - Ⅴ - Ⅰという進行。
注7: 上原 美咲, 伊藤 貴之 「コード進行・メタ情報・楽曲特徴量に基づく音楽可視化」 第7回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム(第13回日本データベース学会年次大会)DEIM2015 最終論文集, 2015年
https://db-event.jpn.org/deim2015/paper/85.pdf(2020年7月27日閲覧)
向原 康太 「小室哲哉、“いい曲”の条件を語る「ふっと聴いた瞬間に当時の風景とか、匂いとかを思い出す」」 Real Sound, 2017年4月9日
https://realsound.jp/2017/04/post-11992_2.html(2020年7月27日閲覧)
注8: コード(和声)進行によって生まれるリズム。旋律や拍節が生みだすリズムとは別に、和音が変化する速さ等で感じ取れるリズムのこと。
注9: この部分をD♯ minorではなく異名同音調のEb minorで分析することも可能です。しかし、ここでD♯ minorとした理由はこの後の分析で明らかにしていきます。
注10: そもそも小室さんは、Bメロを転調の領域と捉えている節があります。次のインタビューを参照のこと。
唐木 元, 大山 卓也 「小室哲哉、m-floを語る」 音楽ナタリー, 2012年3月15日, p. 6-7.
https://natalie.mu/music/pp/m-flo/page/7(2020年7月27日閲覧)
注11: サビ中での転調部分に私たちが解決感(あるいは盛り上がり)を感じるのは、調的な問題だけではなく、オーケストレーション(アレンジ)の問題でもあります。つまり、サビのD♯ minor部分よりもE minor部分の方を、一聴してわかるほどオーケストレーションを厚くしています。ここでは、オーケストレーションの分析は行いませんが、小室さんの工夫はそのような部分にまで及んでいるのです。
注12: しかし、実際《Route 246》が最初からこのような構造だったのかは疑問が残ります。1.でも取り上げたように、秋元さんがそのコメントの中で「7回書き直した」と書いていることから、この作品はもしかすると、「アイドルグループが歌うのにふさわしい」大衆的、すなわち、聴いた人がすぐに旋律を鼻歌で歌えるような作品を目指し、複雑だったものをよりシンプルなものに書き直していったという可能性も残されているのです。今回の分析でみてきたように、シンプルな作品ながらかなりの細工が施された現状の《Route 246》ですから、より複雑な作品であった可能性は十分に考えられます。