満腹料理・大人も子供も大満足の「ホッペルポッペル」
加奈子は小川のほとりに座っていた。クリーム色のサテンのブラウスに、赤と黒の格子縞のフレアースカート、それに、白いソックスとベージュ色のスニーカーを履いていた。
柔らかい日差しがもうすぐ春が来るのを告げていた。
流れの早い小川の水はきらきらと光っていた。時折、枯れ葉が加奈子の目の前を過ぎていく。赤ん坊の手のひらのような小さな枯れ葉や、グローブのような大きな枯れ葉が、気持ちよさそうに水と一緒に滑っていく。
加奈子は、浮きつ沈みつする枯れ葉を、美しいなあと思いつつ眺めていた。
川の底には、薄紫色や茶色や白い石が水に洗われて、涼しげに座っている。
春がもうすぐやってくる予感がした。
もう寒いのはうんざりだ。
高校入試もうんざりだ。
お母さんが、隣の部屋で自分を見張っているように、刺繍をしているのもうんざりだ。
早く桜が咲いて、ヨウスケと土手の桜を見に行きたい。
枯れ葉がまた流れてきた。
川下のヨウスケも、この枯れ葉を見ているかしら。
「ヨウスケ!」と、加奈子は声に出して呼んでみた。
すると、また流れてきた枯れ葉が、川のへりに押し流されてきて、加奈子の足元の草に引っかかって止まった。
ふと見ると、その枯れ葉に黒々とした墨で「加奈子さま」と書いてある。
ええっ、と、加奈子はその枯れ葉をすくいあげた。
裏を見ると、「今日私たちは加奈子さんを食事に招待することになりました。この川をずーと上がって来て、どんぐりの木の広場に来てください。お待ちしております」<ポンポコリンとコンより>と書いてある。
ええっ!これは何なの?ポンポコリンって誰なの?
加奈子が不思議に思って、枯れ葉を目の上にあげてつらつらと眺めていると、また茶色い枯れ葉が加奈子の足元の草にひっかかって止まった。
「加奈子さまへ」とまた書いてある。「怪しいものではありません。ヨウスケ君はもうトウチャクしております」と書かれていた。
えっ、ヨウスケも行ってるの?「イク、イク」と言って、加奈子は小川の脇道をどんどん登って行った。
まるで風になったように急な坂道も駆け上り、人の足跡も途絶えて草がもこもこと生い茂っている所もものともせず進んでいくと、蛇が銀色の体をくねらせて、加奈子の足元を滑るように通って行った。
「おお、怖」と加奈子は一瞬足を止めたが、蛇が茂みに消えてしまうと、また飛ぶように走った。
三十分も走ったころ、ようやくどんぐりの木が一本だけ立っていて、回りが赤茶けた広場になっている所に行きついた。
「ここだわ、ここに違いない」と加奈子は息を弾ませてあたりを見回した。
誰もいない。
さえぎるもののない太陽が、地面を温めている。
ヨウスケが来ているはず。
加奈子は、手のひらをメガホンのようにして、「ヨウスケ!」と叫んだ。
すると、上の方から「ホッペルポッペル・ホッペルポッペル・おいしいな」と歌うように言って、騒がしく降りてくる隊列が見えた。
加奈子が声のする方に目をやると、なんと、ヨウスケが白いコック帽をかぶって肩のあたりに大きなお皿を掲げ、おもちゃの兵隊が行進するように一歩一歩脚を高く上げ、降りてくる。
そのあとに何か大勢の背の低いものが、やっぱり一人前に白いコック帽をかぶり、肩にお皿を掲げてついてくる。
「ホッペルポッペル・ホッペルポッペル・おいしいな」と掛け声をかけながら、隊列は加奈子の周りをぐるっと取り囲んだ。
「えっ!」と加奈子は目を見張った。
ヨウスケに従ってきたものは、キツネザルと狸の一団だった。
おまけに、一番後ろにはさっきの銀蛇がついている。
異様な光景に度肝を抜かれた加奈子は、ヨウスケに助けを求めるように、「ヨウスケ!」と叫びながらヨウスケの方に両手を差し出した。
するとヨウスケは、宮殿を守る儀仗兵のように靴をかちっと鳴らして、背筋を伸ばし、
「加奈子さま、ようこそいらっしゃいました。お誕生日おめでとうございます」と頭を下げた。
するとキツネザルと狸と蛇も口をそろえて、
「おめでとうございます」と大合唱した。
「さあみんな、誕生パーティの料理を急ごう」とヨウスケが言った。
「そだね。そだね」とキツネザルも狸も言って、持ってきたお皿を広場のテーブルの上にそれぞれ置いた。
銀蛇は、口にくわえていた大量のパセリをテーブルの端に置いて草むらに隠れてしまった。
「ホッペルポッペル、僕たちゃベーコン切りましょう」
「わたちたちは、ジャガイモ切るよ」
「ホッペルポッペル、はよ切ろう」
「加奈は玉ねぎのみじん切りして」とヨウスケは加奈子を手招きした。
「はーい」
「カナカナちゃん。ホッペルポッペル、はよつくろう」と言ってキツネザルと狸は、それぞれのテーブルを回り始めた。
「ホッペルポッペルって何?」
「ベルリンの田舎料理だよ。ジャガイモ入りのオムレツさ」
「ふーん」
しばらくすると、キツネザルと狸が「ホッペルポッペル」「ホッペルポッペル」と言って踊り始めた。するとヨウスケも、「ホッペルポッペル・ホッペルポッペル」と激しく腰を振って踊り始めた。つられて加奈子も激しく腰を振って踊り始めた。
しばらく皆で踊り狂っていると、キツネザルと狸は急に静かになって隊列を組んで、自分たちで切ったジャガイモとベーコンと玉ねぎをお皿に載せて、もと来た道を山の方に登って行った。
加奈子があっけにとられて茫然としていると、ヨウスケが加奈子を抱きしめてキスをした。加奈子は何が何だか分からない。
その瞬間、山の上から「ホッペルポッペル」と歌うような声が聞こえて、キツネザルと狸が出来上がった料理を運んできた。
「ポンポコリンのリン」と歌って、狸とキツネザルが出来上がった料理をテーブルの上に置いた。
「おいしそうだ」とヨウスケが言った。
「ねえ、これがホッペルポッペルなの?」と加奈子が聞いた。
「うん、そうだよ」
「素敵!」と言って加奈子は拍手した。
キツネザルは長いしっぽを振って踊り、狸は「ポンポコリンのリン」とお腹をたたいて踊った。
すると、何かを口にくわえた銀蛇がするすると寄って来て、ヨウスケの脚に絡まりついた。
「よしよし、何だい?」とヨウスケが優しく言うと、銀蛇は喰えていたものを地面に置いた。
「ありゃりゃ、バナナかい」
銀蛇はそうだよというように、うなずいた。
「バナナかぁ、これも食べたいのかい?」とヨウスケが聞くと、銀蛇はうんうんというようにうなずいた。
「では、バナナはデザートにしよう」
キツネザルはそれを聞いて嬉々としてバナナを持っていって、皮をむいて切り始めた。キツネザルは時々自分の口に我慢できないというように放り込んでいる。狸が気づいて、「めっ!」と牽制している。
さあいよいよいただくよ。
テーブルの上に、皆のお皿が並んだ。銀蛇の運んできたパセリをお皿にとり分けた。
すると森の方から小鳥がたくさん飛んで来て、テーブルの上を旋回するとふわふわとマシマロのようなものが落ちてきた。
キツネザルと狸はお皿を持ち上げてそれを上手に受けた。
お皿の上には、まーるいパンがのっていた。
「さあみんな、加奈ちゃんの誕生パーティだよ。拍手、拍手」
「加奈、おめでとう!」と言って、ヨウスケが花束を加奈子に渡した。
加奈子は嬉しそうにして、
「ありがとう」と花束を受け取った。
「さあ皆、食べていいよ」とヨウスケが言うと、待ってましたと言わんばかりに、皆はがつがつと食べ始めた。
加奈子とヨウスケは顔を見合わせて笑った。
「加奈、うたたねしているのかい?風邪をひくよ。ベッドで寝た方がいいよ」という声がした。
ああ、夢だったの?
あの生れてはじめてのヨウスケとのキスも夢?
「風邪ひくといけないから、明日の朝早く起きて試験勉強やりなさい」
「はい」
加奈子はパジャマに着かえ、急いでベッドに入った。
夢の続きが見たかった。
「ホッペルポッペル・ホッペルポッペル」と歌うような声が遠くから聞こえてくるような気がした。
加奈子はヨウスケの登場を夢の中で待ち望んでいた。
(終わり)
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