ネアンデルタール人とホモサピエンス

ネアンデルタール人が絶滅した理由と、我らが祖先ホモサピエンスが獲得した、子孫が続いていくための肉体の違いを読み、そんなものなのかと、分からないところもあるが納得できた。だが、現代人の男子の精子の数の減少、などを読んでいると、折角良い資質をホモサピエンスは獲得したにも関わらず、別の理由、精子の数の減少ということで、ホモサピエンスは、ネアンデルタール人と同じく、20万年か30万年先に絶滅するかもと、考えた。現在85歳の私が、ホモサピエンス絶滅に立ち会うことはないが、なぜかその最後の一人に自分がなったことを思うと、その寂しさは計り知れないと思った。

これは、私がずっと前に見たテレビの記憶。誰に話しても、そんなの知らないと否定されたけど、この世界のどこか、アマゾンの奥地かもしれないし、別の所かもしれない。ある時、裸の男が村にふらふらと出てきた。その裸の男は、まだもっと奥地の奥地に生きていた部族の最後の一人だったみたいだ。そんな奥地に人が生きているということも、手前の村の人は知らない。自分らの村が最奥地の村と思っている。
その裸の男は、言葉が通じない。たった一人しかその言葉を話す人がいないから、通訳ができない。それでその、最後の男はどうなったのか、結末はわからない。
この話は誰も信じてくれなかった。私の妄想か。
この男に服を着せて納屋のような所にかくまった。か?

最後の一人になった時の気持ちは?

金田一京介がアイヌ語を収集した時のように、絵に書いて、相手の口から出ることばを記録する。 そんな親切心が、奥地の部族にありやなしや。

夏の夜や 滅びの民の 眉翳(くら)し

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