夢日記 No.40
「私と眼鏡の男性がコーヒーを注文すると
私のは赤い波佐見焼のカップ
彼のは白いマイセンのような細工のあるカップ」
夢のとらえ方には夢の登場人物を
客体的にとらえる見方と、
主体的にとらえる見方があります。
たとえば、この夢だと眼鏡の男性
(夢では実在の人として現れています)を、
客体的にとらえると、その男性の事を
伝えている夢となります。
逆に、主体的にとらえると、
彼を私の一面として伝えている夢となります。
私は、基本的にすべての夢を主体的にとらえるところから
始めるのが好きなので、この夢の彼も、私の一面と
して考え始めました。
というか、見た瞬間に「あっ これは、私の一面だ。」
感じたので、それほど解析する必要を感じていないのですが、
それでも、こうやって思い出すとカップの種類などから
夢に見た彼の一面(私の一面)を、改めて考えると
その夢の彼を私は、
現実でもそういった印象でとらえたのか、
それとも、私の印象の一部が彼を鏡にしたのか
分からなくなったりします。
他人は自分の鏡と言いますが。
ユング的に言えば、全ての目に映るものは自分の鏡なので、
ところ変われば自分も変わる、つまり結局
「私」なんてものは、無いってことになるんですよね。
常に「私」はスクラップ&ビルドってことです。